ちくま日本文学 江戸川乱歩
日本文学を全く読んでいない私を導いてくれるであろうシリーズ、文庫版『ちくま日本文学』。ほとんどが一人の作家の短編集となっており、作品の選択には編者たちのこだわりが窺える。それらの一冊として出された、江戸川乱歩集。
江戸川乱歩『ちくま日本文学007 江戸川乱歩』ちくま文庫、2008年。
文庫版『ちくま日本文学』は全30巻の予定で刊行が始まったもので、下地には単行本(といってもほとんど文庫サイズ)の同集全60巻がある。現在も刊行が続いており、喜ばしいことに好評から、刊行予定が全40巻に拡大された。その勢いのまま、全60巻を目指して貰いたいものだ。
以下、収録作品。
作品それぞれの独立性を鑑みて、星を付した。最高は三ツ星。
★☆☆「白昼夢」
☆☆☆「火星の運河」
★☆☆「二銭銅貨」
★★☆「心理試験」
☆☆☆「百面相役者」
★★☆「屋根裏の散歩者」
★☆☆「人間椅子」
★★★「鏡地獄」
★★★「押絵と旅する男」
☆☆☆「防空壕」
★★★「恋と神様」
☆☆☆「乱歩打明け話」
★☆☆「もくず塚」
☆☆☆「旅順海戦館」
☆☆☆「映画の恐怖」
★★☆「幻影の城主」
☆☆☆「群集の中のロビンソン・クルーソー」
★★☆「探偵小説の謎」より
「奇矯な着想」
「意外な犯人」
「隠し方のトリック」
「変身願望」
岩波文庫版の短編集を読んでいた友人から、「屋根裏の散歩者」及び「押絵と旅する男」の魅力を聞き、手に取った。乱歩は探偵小説のイメージが強いが、驚いたことに幻想小説のようなものも多い。そして、総じて変なものが出てくる。押絵や二銭銅貨、「鏡地獄」に出てくる凹面鏡などはその好例だろう。
「何かこう自分とはまるで人種が違うようで、娘が友達と物を云ったり、お手玉をしたりしているのを見ると、そんな普通の行ないをするのが、かえって不思議なように思われた」(「恋と神様」より、335ページ)
小品中の小品、「恋と神様」が冗談みたいに良かった。文庫でわずか6ページの短編ながら、乱歩の圧倒的な文才を証明している。坂口安吾の「私は海を抱きしめていたい」のように、あまりにも素晴らしい一作だった。これを入れた編者は本当にもう、ただただ偉い。
「遥かに当時を回顧すれば、あまりにも人間らしくなった今の私が、妙にけがらわしく、恥ずかしく感じられます」(「恋と神様」より、338ページ)
「もくず塚」はまるでボルヘスだった。ボルヘスの場合は全てが創作なのだろうが。「鏡地獄」はミルハウザーのように、出てくる物がとことん魅力的。「押絵と旅する男」は完全に幻想小説だ。
勿論、明智小五郎の出てくる「心理試験」や「屋根裏の散歩者」も、文句なしに面白い。読者に語りかけるような、独特の語り口にやられる。それが犯人側からの告白だったりするから、もうページを繰る手が止まらない。「人間椅子」も語りかけてくる。嫌でも読まされる。乱歩はこちらの翌日の都合など、考慮してくれない。
『探偵小説の謎』から取り出された四章では、ミステリーに対する乱歩の熱情が窺える。内外の様々なミステリーから、乱歩は「類別トリック集成」なるものを練り上げており、それを解説したのが『探偵小説の謎』といった感じだ。様々なトリックが体系化され、奇抜なものが紹介されて、非常に楽しい。読みたい本が馬鹿みたいに増える。日本文学入門としてシリーズ踏破を目指そうと思い立ったのに、一冊目でこの調子では、全巻を読み終えるのがいつになるのか、さっぱり見当もつかない。
<読みたくなった本>
江戸川乱歩『探偵小説の謎』
チェスタトン『ブラウン神父の童心』
マルセル・エイメ『第二の顔』