Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

Fanny

パリを離れてナントにやってきたものの、インターネット接続がなかなかうまくいかずに更新が滞ってしまっている。ようやく今回紹介できるのはマルセル・パニョルによるマリユス三部作の第二作目。前作『Marius』から二年、マリユスが旅立った後のマルセイユで起きたこと。

Fanny

Fanny

 

Marcel Pagnol, Fanny, Éditions de Fallois, 2004.


愛する女性を故郷に残し旅立ったマリユスと、勇気を奮い起こして彼を笑顔で送り出したファニー。一人の人間がいなくなったところで時が止まるはずもなく、変わらぬ故郷で沢山のことが変化する。

Honorine: Et qu'est-ce qu'il t'a dit ?
 Fanny: Que ça serait pour le mois de mars.
 Honorine: Eh bien! Un joli mois! Le mois des fous !」(p.91)
オノリーヌ:で、彼は何て言ったの?
 ファニー:三月になるだろうって。
 オノリーヌ:ああ、良い月ね! 気ちがいどもの月!」

マリユスの父セザールは怒りっぽくなり、ファニーは日を追う毎にやつれていく。セザールの癇癪はマリユスからの釈明の手紙で収まったものの、ファニーの衰弱は妊娠がもたらしたものだった。自分の娘がマリユスの子どもを宿していることを知ったファニーの母親オノリーヌは、彼女がいつ戻ってくるのかわからない男を待ち、結婚をしないままに子どもを産むことを許さない。折しも前作でもファニーに求婚していた五十歳を過ぎた金持ち男オノレ・パニスが、彼女に再びプロポーズをしてきたところだった。

Panisse: Et tu viens me porter ta réponse ?
 Fanny: Oui...
 Panisse: Et tu as l'air tout ennuyée, et tu n'oses pas dire un seul mot; va, je sais bien pourquoi et je vais te faciliter la chose; tu viens me dire non encore une fois. Eh bien, tant pis, il ne faut pas te faire du mauvais sang pour moi: si c'est non, c'est non, et puis, c'est non, té, voilà tout ! Tant pis, que faire ?
 Fanny: Vous vous trompez, Panisse. Je ne viens pas vous dire non.
 Panisse: Est-ce que tu viens me dire oui ?
 Fanny: Je viens vous dire que, si c'était encore possible, je dirais oui. Mais ce n'est plus possible.」(p.117)
パニス:それで、返事を持ってきてくれたんだね?
 ファニー:ええ…
 パニス:それで困り切った顔をしているんだね、一言も言わなくていいよ。どうしてだかはわかるから、助けてあげよう。君はまた僕に「ノン」と言いに来たんだ。そう、仕方ないね。僕のために気をもむ必要はないよ。もしそれが「ノン」ならそれは「ノン」で、そう、それは「ノン」だ。ほら、それで全部さ! 仕方ないよ、さあどうする?
 ファニー:あなたは間違ってるわ、パニス。私は「ノン」と言いに来たんじゃないの。
 パニス:「ウィ」とでも言いに来たのかい?
 ファニー:私がここに来たのは、もしそれがまだ可能だったら、「ウィ」と言うためよ。でも、もうそんなことできないの」

ところがパニスの夢、それは子どもを持つことだった。しかも五十を越えた自分がまだ子どもをつくることができるかどうか自信はなく、ファニーの妊娠は願ってもないことなのだった。こうして二十歳のファニーはパニスと結婚する。それから十八ヶ月経ち、赤ん坊が一歳を迎えるときになって、マリユスが戻ってくる。彼の乗っていた船が故障したため、ほんの数時間だけマルセイユにやってくることができたのだ。

Marius: Tu as tellement changé !
 Fanny: J'ai vieilli.
 Marius: À ton âge, ça s'appelle embellir.」(p.159)
マリユス:ほんとうに変わったね!
 ファニー:老けたわ。
 マリユス:君の年では、それは綺麗になるっていうんだよ」

Marius: La plus belle, c'est toujours toi, et ce sera toujours toi... Dis-moi la vérité: tu es vraiment heureuse ?
 Fanny: Je te l'ai dit: j'ai un bon mari.
 Marius: Tu l'aimes d'amour ?
 Fanny: Je l'aime bien.
 Marius: Je peux te dire la même chose de mon père. Je l'aime bien.
 Fanny: Ça suffit pour vivre ensemble.
 Marius: Tu veux que je te dise ce que je m'imagine ?
 Fanny: Non, je ne veux pas le savoir.」(p.166)
マリユス:一番美しいのはいつも君で、これからもずっとそうだ……。本当のことを言ってよ、君は本当に幸せなのかい?
 ファニー:言ったとおりよ。素晴らしい夫がいるわ。
 マリユス:彼のことを愛しているの?
 ファニー:好きよ。
 マリユス:僕は父さんにも同じことを言えるよ。僕は彼が好きだ。
 ファニー:一緒に生きていくのにはそれで十分だわ。
 マリユス:僕がどんなことを思っているか言ってもいいかい?
 ファニー:嫌、知りたくないわ」

そしてマリユスはファニーとパニスの間には既に息子がいて、彼が間もなく一歳になるということを知る。だが計算が合わない。マリユスはすぐにそれが自分の息子であることに気がつき、ファニーの急すぎる結婚は、その子どもが理由で為されたものだということを悟る。マリユスはパニスに詰め寄るが、パニスは決して子どもを手放そうとしない。それほどまでに、彼は子どもを溺愛していたのだ。

Marius: Mais enfin, tu sais bien que l'enfant est mon fils...
 César: Bien sûr, que je le sais. Il te ressemble comme deux gouttes d'eau. Mais quand même, lui, c'est un peu son père... Cet enfant, quand il est né, il pesait quatre kilos... Ceux-là, c'est sa mère qui les a faits. Maintenant, il arrive à sept... Ces trois kilos d'amour. Moi, j'en ai donné ma petite part... Sa mère en a donné beaucoup, naturellement; mais celui qui a donné le plus, c'est Honoré. Et toi, qu'est-ce que tu lui as donné?
 Marius: La vie.
 César: Les chiens aussi donnent la vie: pourtant ce ne sont pas des pères... Et puis, cet enfant, tu ne le voulais pas. La vie, ne dis pas que tu la lui as donnée: il te l'a prise. Et Panisse a raison: ce n'est pas lui que tu veux: c'est sa mère. Ce n'est peut-être pas indispensable qu'elle divorce... Laisse tomber la marine, si tu reviens, et si tu l'aimes encore...」(p.185)
マリユス:それでも、あの子どもは僕の息子なんだ…...。
 セザール:もちろんそうだ。あの子は二つの水滴みたいにお前にそっくりだ。だが、それでも、彼だって、少しはあの子の父親なんだ…。生まれたばかりの時、あの子は四キロだった。それは彼の母親がもたらしたものだ。今じゃあの子は七キロだ。これは愛の三キロで、私だって少しは貢献している。もちろんのこと、彼の母親は大いに貢献している。だがな、一番多くをもたらしたのはオノレの奴だよ。それでお前は、お前は彼に何をやったというんだね?
 マリユス:命を。
 セザール:犬だって命はやれるさ。だがそれは父親じゃない…。しかも、お前が求めているのは子どもじゃないだろう。命をやったなんて言うんじゃない、あの子がお前から取ったんだ。パニスが正しい。お前が求めているのは子どもの方じゃなく、母親の方だろう。彼女が離婚する必要なんてない。海を捨てるんだ、もし戻ってくるのなら、もしまだ彼女を愛しているのなら…...」

こうして幕となる。三作目の『César』を強く意識した幕の引き方である。一作目とは違って、この二作目はそれ自体で完結しているとは言い難い代物で、一作目ではほとんど噛ませ犬ほどの役どころだったパニスが物語の中心人物となりその魅力的な人柄を十全に発揮している点を除けば、全体的に冗長な印象を与える。ファニーの決断とマリユスの寄港という本書の後半部ではページは大いに踊るが、それまでは冗漫な会話が続き、三作目を意識しすぎている感が強い。

小説でも戯曲でも、一作目が書かれた上でそれを三部作に仕立てようとすると、どうしても二作目が冗漫になってしまう気がする。アゴタ・クリストフ『悪童日記』三部作に至っては、僕にしてみれば三作目まで冗漫で、伏線を張りすぎて身動きがとれなくなってしまったようにしか思えない。「Trilogie」という言葉はおそらく古代ギリシャの悲劇が起源なのだろうが、一連のストーリーでそれをやろうとする試みには意味を見出せない。三作なければならないとする風潮がいけないのかもしれない、と思った。

と、ここまで考えてしまうと三作目に対する期待もどうしたって高くなる。しかも先日パリを離れてしまったため、この街のどこで『César』を入手できるのかがわからない。だが、足で本を探さなければならないと思うと、わくわくしてたまらない。

Fanny

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