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「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

ちくま日本文学 稲垣足穂

ちくま日本文学シリーズの二冊目として手に取ったのは、稲垣足穂。初タルホ。タルホデビューである。タルホイックな世界に、初めて触れた。

稲垣足穂 [ちくま日本文学016]

稲垣足穂 [ちくま日本文学016]

 

稲垣足穂『ちくま日本文学016 稲垣足穂ちくま文庫、2008年。


星、月、飛行機。タルホのキーワードだ。最初に「一千一秒物語」を読んで、そう思った。ところが、そのつもりで読み進めると、「放熱機」あたりから混乱することになる。「空の美と芸術に就いて」から先は、もうわけわからん。最初から最後まで、衝撃が走り続けた。

以下、収録作品。

★★★「一千一秒物語
★☆☆「鶏泥棒」
★★★「チョコレット
★☆☆「星を売る店」
☆☆☆「放熱器」
★☆☆「フェヴァリット」
★☆☆「死の館にて」
☆☆☆「横寺日記」
☆☆☆「雪ヶ谷日記」
★★★「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」
☆☆☆「空の美と芸術に就いて」
★☆☆「われらの神仙主義」
☆☆☆「似而非物語」
☆☆☆「タッチとダッシュ」
★☆☆「異物と滑翔」

一千一秒物語」の衝撃が物凄かった。一言で言うと、たちの悪い宮沢賢治。主な登場人物は月や星。しかも、例外なく敵として攻撃してくる。月がバーで飲んでいるのを注意したら、後ろからピストルで射たれたり。短くて気に入ったものを以下に挙げてみた。

「ココアのいたずら
 ある晩 ココアを飲もうとすると あついココア色の中から ゲラゲラと笑い声がした びっくりして窓の外へほうり投げた
 しばらくたってソーと窓から首を出してみると 闇の中で茶碗らしいものが白く見えていた なんであったろうかと庭へ下りて いじろうとしたら ホイ! という懸声もろとも屋根の上までほうり上げられた」(「一千一秒物語」より、38ページ)

土星が三つ出来た話
 街かどのバーへ土星が飲みにくるというので しらべてみたらただの人間であった その人間がどうして土星になったかというと 話に輪をかける癖があるからだと そんなことに輪をかけて 土星がくるなんて云った男のほうが土星だと云ったら そんなつまらない話に輪をかけて しゃれたつもりの君こそ土星だと云われた」(「一千一秒物語」より、55ページ)

足穂はいつも、星を追いかけている。星座を追い続ける「横寺日記」と「雪ヶ谷日記」は、それまでの無邪気にイカれた世界とはうってかわって、ひどく美しい。

「花が植物学で教えられるほどの何物でもないことを知っている者は、また星とは自然科学が説明する何物でもないと抗言するであろう。軌道論などよりも星占いの方が実際の星に近いのだ」(「横寺日記」より、220ページ)

「ただ綺麗なものとして花を見るのと、何属何科においてそれを観るのと、どっちが正しいのであろう?」(「横寺日記」より、231ページ)

「孤独とはただ一人と云うことではない、孤独とは常に汝の愛し信ずる者と共にあることだ」(「雪ヶ谷日記」より、260ページ)

「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」は、ひたすら凄い。ひたすらに読ませる小説だ。恐るべきスピード感がある。面白すぎてあっという間に読み終わった。

「空の美と芸術に就いて」以下は、随想といった赴き。しかし、わけわからん。でもたまに、一理あるな、と頷かされる。それが凄い。

「空中飛行を一言に云うなら、私たちの平面の世界を立体にまでおしひろげようとする努力である」(「空の美と芸術に就いて」より、339ページ)

「不老不死は不可能である。かぎりある一生にかぎりのない事業をなし、かぎりのない快楽を得るにはどうしてもその運動速度を高めるのほかはない」(「空の美と芸術に就いて」より、346ページ)

「天才なくヒーローまたあろうとしてあることのできないこのとき、われらが新世界をひらくべきカギは一つにおんみらの「反常識」と「特異性」にかかっている」(「われらの神仙主義」より、366ページ)

以下は、A感覚とV感覚について。足穂が真面目過ぎて、茶化すこともできない。極めて真剣に、ど変態っぷりを吐露する足穂。格好良すぎる。

「『婦人科』の三字にドキッとするのは、最初に住んでいた場所に触れる無気味さであり、『肛門科』にギョッとするのは、別の故郷に直面するからであろうが、そしてこの両者は共に優美のみなもとであるが、ただ後者には、前者にはないところの純粋性と機械学が含まれているのである」(「異物と滑翔」より、404~405ページ)

「V感覚が、湿潤的、散文的自明性に置かれているのに対して、A感覚は乾燥的で、詩的夢想性をその暈としている。かつ後者は官能的に展かれることがないから、いつしか精神性として蓄積したものを時あって抽象化する作用を持っている」(「異物と滑翔」より、409ページ)

わからないながらも、どこか面白い。理解できるようになったら、それはそれでまずい気がする。

読み終えて、嬉しい物足りなさを感じる。足穂は古本屋界隈で人気があるので、なかなか値段も張るが入手の難しい作家でもないだろう。とりあえずは現在でも手に入る、ちくま文庫の「稲垣足穂コレクション」に当たってみたいと思った。大興奮。面白かった。

稲垣足穂 [ちくま日本文学016]

稲垣足穂 [ちくま日本文学016]

 

 

<読みたくなった本>
野尻抱影『星座巡礼』
ダンセイニ『ペガーナの神々』
→足穂のオススメ。

新星座巡礼 (中公文庫BIBLIO)

新星座巡礼 (中公文庫BIBLIO)

 
ペガーナの神々 (ハヤカワ文庫 FT 5)

ペガーナの神々 (ハヤカワ文庫 FT 5)

 

泉鏡花草迷宮
→足穂も題材にした日本の妖怪「山ン本五郎左衛門」が登場するらしい。

草迷宮 (岩波文庫)

草迷宮 (岩波文庫)