Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

船乗りクプクプの冒険

またまた友人に薦められた一冊。僕が普段日本文学を読まないことに気を使って、わざわざどんな読書嫌いにも読みきれるような作品を選んでくれたようだ。海外文学にどっぷり漬かっていると、たまに読む日本文学がものすごい疾走感を持っているように感じられる。だが、この作品に関してはそれだけが理由でもなさそうだ。

船乗りクプクプの冒険 (新潮文庫)

船乗りクプクプの冒険 (新潮文庫)

 

北杜夫『船乗りクプクプの冒険』新潮文庫、1971年。

 

タローが宿題をさぼって読み始めた、謎の作家キタ・モリオの手になる『船乗りクプクプの冒険』。これは本文がたったの二ページしかなく、「「まえがき」と「あとがき」を入れても合計四ページしかない。それでは本にならぬので、二百四十四ページの白紙をいれることにした」という体裁の本だった(12ページ)。タローが憤慨して本を閉じた途端、彼はめまいに襲われ、気がつくとクプクプになっており、船にまさしく乗り込むところだった。

「そんなに遠くなく、しかも遠くへ行け!」(22ページ)

クプクプは仲間たちと共にこの奇妙な世界の創造者であるキタ・モリオを探しだそうとするのだが、こいつがなかなか捕まらない。編集者から逃げるのに必死で、クプクプたちを置いて脱兎の如く走り去ってしまうのである。

本の中に飛び込んでいく感覚は良く言えばエンデの『はてしない物語』のようで、ハチャメチャな世界の航海という点ではサラマーゴの『見知らぬ島への扉』を想起するところもあった。だが、この『クプクプ』の魅力は作家の身勝手さにある。楽屋ネタで盛り上がっているだけだと言う人もいるかもしれないが、これほど先行きを期待させず不安にもさせない小説はなかなか無い。ところで、こういう小説もメタフィクションと呼びうるのだろうか?

「なにかを覚えていても、頭のいい証拠じゃあない。その知識から自分でくふうして、応用ができる人が頭がいいのだ。バカの一つ覚えっていうじゃないか。たとえ百でも千でも覚えていても、それだけじゃあやっぱりバカなのだ」(43ページ)

切っても切れないナイフが出てきたり、急に道徳面に熱心になったりするのも面白い。一番近いのは井上ひさし『ブンとフン』かもしれない。

「わからないときは、自分でどんどん字引きをひく習慣をつけなければいけない。わたしたちが、なにげなく使っていることばでも、いざ尋ねられてみると、あんがいわかっていないことが多い。そういうことをハッキリさせておくことは、ハッキリしないままほっておくよりずっといい」(94ページ)

この「辞書を引け」というのも、井上ひさしが何度も言ってきたことだ。思い出されて、本当に惜しい作家を亡くしたと思う。

「これ、なげくな、そこの船員よ。わがはいがきたからには、もうディーゼルエンジンつきの大船にのったようなものだ」(156ページ)

日本語で小説を書くことの強みをこの一文から感じた。つまり、慣用句をいじることができるのだ。翻訳文学ではなかなかできることではない。単純にびっくりしてしまった。

物語の進行と共に、ナマケモノの国に行き着くし、人食い土人たちの島にも辿り着く。そのあたりの描き方は『星の王子さま』の前半部のようで、人食い土人が洗練された知を行使した文明人であるあたりはクイークェグを想起させられた。ほら、舞台も海だし。

正直、これほど感想を書きにくい小説もなかなかない。面白いことには面白いのだが、作家の無責任な姿勢が感情移入を徹底的に拒んでいる。特に、ラストはすごい。この作品にこれほど似つかわしい、これほど無責任なラストも無いだろう。

久しぶりに日本文学を読んだため、不思議な感覚だった。『ブンとフン』の横に入れておきたい。

船乗りクプクプの冒険 (新潮文庫)

船乗りクプクプの冒険 (新潮文庫)

 


<読みたくなった本>
北杜夫『楡家の人びと』
→さすがに『クプクプ』を読んだだけで彼を語るのはまずいだろう。

楡家の人びと 第1部 (新潮文庫 き 4-57)

楡家の人びと 第1部 (新潮文庫 き 4-57)

 
楡家の人びと 第2部 (新潮文庫 き 4-58)

楡家の人びと 第2部 (新潮文庫 き 4-58)

 
楡家の人びと 第3部 (新潮文庫 き 4-59)

楡家の人びと 第3部 (新潮文庫 き 4-59)

 

デフォー『ロビンソン・クルーソー

ロビンソン・クルーソー (河出文庫)

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メルヴィル『白鯨』
→海に出よう。

白鯨 上 (岩波文庫)

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白鯨 中 (岩波文庫)

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白鯨 下 (岩波文庫 赤 308-3)

白鯨 下 (岩波文庫 赤 308-3)