Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

黒蜥蜴

 またしても一ヶ月が経ってしまい、気づけば年が変わろうとしている。本を読んでいないわけではなく、むしろ記事を書くための時間すら惜しんで、かつてない勢いで読み漁っているのだ。目の前にはすでに三十冊ほど、読み終えたまま印象を書き留めていない本が積み上がっている。今日できることは明日やろうという主義の人間なので、おもしろかったものだけでも来年中には書けたらいいな、なんて思っています。

 というわけで、2012年最後の記事は、書きかけたまま放置していた乱歩。年末恒例行事の「好きな作家ベスト100」は、あまり意味が感じられなくなったので、今年はやりません。心境の変化がないかぎり、もうやらないと思います。

黒蜥蜴 江戸川乱歩ベストセレクション (5) (角川ホラー文庫)

黒蜥蜴 江戸川乱歩ベストセレクション (5) (角川ホラー文庫)

 

江戸川乱歩『黒蜥蜴 江戸川乱歩ベストセレクション5』角川ホラー文庫、2009年。


 角川ホラー文庫の「江戸川乱歩ベストセレクション」の魅力については、じつは以前にも書いたことがある。刊行されていた当時、2009年3月に紹介した『芋虫』だ。「この「江戸川乱歩ベストセレクション」は非常に良い。乱歩がどのように読まれる作家か、完全に理解した上での編纂が成されている。一冊が200ページほどしかないのだ。これまで乱歩を読もうとすると、どうしても創元か光文社になってしまっていた。創元は字が小さいし、光文社は煉瓦みたいに分厚い。講談社のは絶版で、古本屋では頻繁に見かけるが巻によっては手を出せないほど高い。乱歩はもっと、気軽に読まれるべきだろう。角川のこのシリーズはその点、非常に手に取り易い」。この感想は、三年以上経ったいまも変わっていない。さらに付け加えると、田島昭宇によるカバーイラストもすばらしい。

 この本、『黒蜥蜴』はこんなふうにはじまる。

「この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イブの出来事だ」(7ページ)

 じつにわくわくする書き出しである。そして描かれる聖夜の歓楽街の景色は、まるで19世紀末のフランス文学を読んでいるかのようなデカダンの世界、頽廃の美の饗宴なのである。なんというか、いかにも澁澤龍彦が好きそうな感じの。そこに君臨する女王が、黒天使、ダーク・エンジェル、黒衣婦人、またの名を黒蜥蜴なのだ。

 物語の序盤、読者は早速歓声をあげることになる。

「黒衣婦人の手にする懐中電燈の丸い光は、何かを探し求めるように、ソロソロと床の上を這って行った。
 敷物のない、荒い木目の床板が、一枚一枚と、円光の中を通りすぎる。やがて、ニスのはげた頑丈な机のようなものが、脚の方からだんだんと光の中へはいってくる。長い大きな机だ。おや、人間だ。人間の足だ。では、この部屋にはだれかが寝ているのだな。
 だが、いやにひからびた老人の足だぞ。それに足首に、紐で木の札がむすびつけてあるのは、一体どういう意味なのだ。
 おや、このおやじ、寒いのにはだかで寝ているのかしら。
 円光は腿から腹、腹からあばら骨の見えすいた胸へと移動し、次には鶏の足みたいな頸から、ガックリ落ちた顎、馬鹿のようにひらいた唇、むき出した歯、黒い口、くもりガラスのような光沢のない眼球……死骸だ」(19~20ページ)

 ああ、もう、乱歩め! と叫ばずにはいられなくなる描写ではないか。

 怪盗(この言葉は乱歩の世界観にあまりにも合致しすぎていて、乱歩以外の作家たちはほとんど使用を禁じられてしまった)黒蜥蜴と明智小五郎の関係は、穂村弘が書いていたとおり、じつに魅力的だ。お互いに好敵手であることを認め合っているからこその、絶対的な信頼感。それはもう恋人たちのつくりあげる「二人だけの世界」と、なんら変わるところがない。

「「あたしはね、潤ちゃん、不意打ちなんて卑怯なまねはしたくないのよ。だから、いつだって、予告なしに泥棒をしたことはないわ。ちゃんと予告して、先方に充分警戒させておいて、対等に戦うのでなくっちゃ、おもしろくない。物をとるということよりも、その戦いに値打ちがあるんだもの」
 「じゃ、こんども予告をしたのですね」
 「ええ、大阪でちゃんと予告してあるのよ。ああ、なんだか胸がドキドキするようだわ。明智小五郎なら相手にとって不足はない。あいつと一騎打ちの勝負をするのかと思うと、あたし愉快だわ。ね、潤ちゃん、すばらしいとは思わない?」」(29~30ページ)

 明智小五郎のほうでも、彼女に対する信頼を隠すことはしない。

「「僕は待っているのですよ」
 「え、待っているとは?」
 「『黒トカゲ』からの通知をです」
 「通知を? それはおかしい。賊が通知をよこすとでもおっしゃるのかね。どうかお嬢さんを受け取りにきてくださいといって」
 岩瀬氏は憎まれ口をきいて、フフンと鼻さきで笑って見せた。
 「ええ、そうですよ」名探偵は子供のように無邪気である。「あいつはお嬢さんを受け取りにこいという通知をよこすかもしれませんよ」」(115ページ)

 二人が交わす会話も、もちろん愛に溢れている。溢れていないはずがあろうか。

「「ねえ君、僕は夕食からずっとここに寝ているので、あきあきしてしまったよ。それに、君の美しい顔も見たくなった。ここから出てもいいかい」
 いかなる神算鬼謀があるのか、明智はますます大胆不敵である。
 「シッ、いけません。そこを出ちゃいけません。男たちに見つかったら、あなたの命がありません。もう少しじっとしていらっしゃい」
 「ヘエー、君は僕をかばってくれるのかい」
 「ええ、好敵手を失いたくないのよ」」(158ページ)

「実にへんてこな会話であった。一人は椅子の中の闇に横たわっているのだ。一人はそのからだの上に、クッションをへだてて腰かけているのだ。お互いに体温を感じ合わぬばかりである。しかもこの二人はうらみかさなる仇敵。すきもあらば敵の喉笛に飛びかからんとする二匹の猛虎。そのくせ、言葉だけは異様にやさしく、まるで夫と妻の寝物語のようであった」(157~158ページ)

 読めば読むほど、黒蜥蜴は澁澤龍彦好みの女性である。彼女の美術品コレクションを眺めていると、澁澤龍彦の本を読んでいるような感覚さえ覚えてしまう。彼がこの本のことを知らないはずはないので、きっとどこかで愛を告白しているにちがいない。探してみようと思った。

「それから、地底の廻廊を進むにつれて、古めかしい名画を懸け並べた一郭があるかと思うと、その隣には仏像の群、それから西洋ものの大理石像、由緒ありげな古代工芸品、まことに美術館の名にそむかぬ豊富な陳列品であった。
 しかも、黒衣婦人の説明によれば、それらの美術工芸品の大半は、各地の博物館、美術館、貴族富豪の宝庫におさまっていた著名の品を、たくみな模造品とすりかえて、本物の方をこの地底美術館へおさめてあるのだという。
 もしそれが事実とすれば、博物館は模造品を得々として展覧に供し、貴族富豪は模造品を伝来の家宝として珍蔵していることになる。しかも、所有者はもちろん、世間一般も、少しもこれを怪しまないとは、なんという驚くべきことであろう」(168ページ)

 また、『黒蜥蜴』には乱歩自身の作品に対するいくつものオマージュが潜んでいる。「あ、これ知ってるぞ」というのがところどころに出てきて、具体的には「白昼夢」「人間椅子」を読み返したくなった。ひょっとするとファンサービスのつもりだったのかもしれない。

「ホホホホホ、よくできた生き人形でしょう。でも、すこうしよくでき過ぎていはしなくって? もっとガラスに近寄ってごらんなさい。ほら、この人たちのからだには、細かい産毛が生えているでしょう。産毛の生えた生き人形なんて、聞いたこともないわね」(169ページ)

 この本を手に取った日は、じつは朝方に穂村弘の『整形前夜』を読んでいた(こちらもまだ感想を書いていないが、穂村弘のエッセイは読書に疲れたときの読書にうってつけで、気づけばいくつもの冊数を読んでしまっているものである)。そのなかで、『世界中が夕焼け』のときと同様、この本の魅力が語られていたのだ。今度こそ読まずにはいられなくなった。そうしてうっかりページを開いてしまったのが最後、予定していた外出もとりやめる羽目になり、読み終えるまで結局片時も本を手放せなかった。乱歩を開くときには注意が必要だ。こんなにも軽いのに、なかなか解放してはくれない。

「エレベーターの上昇とともに、大阪の街がグングン下の方へ沈んで行く。冬の太陽はもう地平線に近く、屋根という屋根の片側は黒い影になって、美しい碁盤模様をえがいていた」(121ページ)

 でも、乱歩のような作家はいつだってそんなふうに、物語に全身全霊を委ねて読みたいものだ。知識を得るためでも美しい一文を探すためでもなく、だれに誇れるわけでもない、ただただ快楽のための読書。こういう喜びを忘れてしまった読書は、もはや単なる苦行でしかない。乱歩は快楽の側からいつも手を差し伸べてくれている。読んでもためにならないということの贅沢さ。また唐突に読みたくなるにちがいない。

 今後も月に一度は更新していこうと思っています。みなさま、よいお年をお迎えください。

黒蜥蜴 江戸川乱歩ベストセレクション (5) (角川ホラー文庫)

黒蜥蜴 江戸川乱歩ベストセレクション (5) (角川ホラー文庫)