Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

Pillow Talk

 昨年末から気に入っているRoger McGoughの詩集。『It Never Rains』『Slapstick』『An Imaginary Menagerie』を経て、気づけばもう四冊目である。何度も繰り返していることではあるが、この気安さはまちがいなく価値である。

Pillow Talk: A Book of Poems (Puffin  Poetry)

Pillow Talk: A Book of Poems (Puffin Poetry)

 

Roger McGough, Pillow Talk, Puffin, 1992.


 今回も子ども向けに編纂された詩集ではあるが、『It Never Rains』が大人向けのものであると考えてみると、この詩人にとっては子ども向けも大人向けもたいした違いはない。例のごとく気に入ったものを掲載していくが、今回はどうしてこうなったのか、訳すのが大変そうなのを意識的に選んだかのようなラインナップで、日本語の訳文を付すのに正直かなり苦労した。まずは表題作の「PILLOW TALK」と、同じ枕を題材にした「PILLOW FIGHT」。

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PILLOW TALK

Last night I heard my pillow talk
What amazing things it said
About the fun that pillows have
Before it’s time for bed

The bedroom is their playground
A magical place to be
(Not a room for peace and quiet
Like it is for you and me)

They divebomb off the wardrobe
Do backflips off the chair
Use the mattress as a trampoline
Turn somersaults in the air

It’s Leapfrog then Pass the Slipper
Handstands and cartwheels all round
Wrestling and swinging on curtains
And all with hardly a sound

But by and by the feathers fly
And they get out of puff
So with scarves and ties they bind their eyes
For a game of Blind Man’s Buff

They tiptoe out on the landing
Although it’s a dangerous place
(If granny met one on the stairs
Imagine the look on her face!)

It’s pillows who open cupboard drawers
To mess and rummage about
(And <>you<> end up by getting blamed
For something <>they<> left out)

I’d quite fancy being a pillow
Playing games and lying in bed
If I didn’t have to spend each night
Under your big snoring head!

ピロー・トーク

昨晩枕が教えてくれた
まったくとんでもない話
就寝時刻の前
枕たちがどんなに楽しんでいるかを

寝室は彼らの遊び場
魔法にかけられた空間
(われわれにとってのとはちがい
平穏や静寂とは無縁である)

衣装ダンスから急降下
椅子から後ろ宙返り
マットレスはトランポリン
宙空でサマーソルトをきめる

馬跳び、そしてかごめかごめ
逆立ちしてからの横とんぼ返り
レスリングにカーテンでのぶらんこ
どれも音なんかちっとも立てない

それでもやがて羽毛が飛び散り
息切れするときがやってくる
するとスカーフやネクタイを巻きつけて
目隠し遊びをはじめる

踊り場へと抜き足差し足
危ない場所だってへっちゃら
(もしおばあちゃんが階上で鉢合わせたら
いったいどんな顔をすることだろう!)

戸棚の引き出しを開けて
めちゃくちゃにひっかき回すのは枕たち
(そして彼らの残したものを理由に
怒られることになるのはきみだ)

枕でいるのもそう悪くはない
遊びまわってはベッドに横たわる日々
もし毎晩毎晩、
きみのひどい鼾に耐えなくてもいいのなら!

(pp.10-11)
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PILLOW FIGHT

As soon as my head
Hit the pillow
The pillow hit my head back

Hammering tongues
They were at it
Hammer and tongs

I sat up
And tried to separate them
But in vain

As soon as my head
Hit the pillow again
The pillow fought back

So I counted slowly
Up to ten
Then everything went black.

ピロー・ファイト

ぼくの頭が枕を
打つのと同時に
枕が頭を打ち返してくる

いくつもの舌が
がみがみと
激しくやりあっている

起き上がり
引き離そうとしても
甲斐はない

もう一度頭を
枕に寄せてみたら
枕は打ち返してきた

だからゆっくりと
十まで数えてみた
するとすべてが闇に包まれた。

(p.12)
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 まず「PILLOW TALK」について書くと、あらゆる種類のアクロバティックな挙動の名称は言わずもがな、じつはなによりも「Pass the Slipper」が「かごめかごめ」であると調べあげるのにものすごく時間がかかった。とはいえ、丹念に調べさえすればインターネットが教えてくれるのだから、まったくいい時代に生きているものだと思わずにはいられない。題の「PILLOW TALK」も「枕との対話」などというふうに訳そうとも思ったのだが、それでは詩人の思いつきを無視することになるし、「ピロー・トーク」というカタカナの言葉も人口に膾炙していると判断したので、そのまま置き換えた次第だ。

 ふたつめの「PILLOW FIGHT」も、同じ理由でカタカナの「ピロー・ファイト」にしたが、これは人口には膾炙していない言葉、日本語ではなによりも「枕投げ合戦」のことである。修学旅行などにつきもののあれであり、ちなみにわたしはこれで喘息持ちの友人を殺しかけたことがある。2節目の3行はとくに訳すのが難しいところで、「be at it hammer and tongs」が「激しく口論する」という意味であると突き止めた(もちろん知らなかった)ので、上のように訳したわけだが、そもそも語り手の頭のなかで舌戦が繰り広げられていたために眠れない、という前提を考慮する必要がある。よっぽど「頭のなかで」なんていう言葉を付け足そうとも思ったのだが、本文にないことを解釈によって曲げるのはどうなの、と思ったので、自重した次第である。

 次は「あくび」と「くしゃみ」と「げっぷ」。これらはぜんぜん難しいことはない。「げっぷ」が悲しい。

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YAWN

Never stifle a yawn
For doing what it’s trained to do
One unsuspecting dawn
It might decide to stifle you.

あくび

あくびを噛み殺してはいけない
そうすることが礼儀にかなっているにしても
ある無防備な夜明けに
あくびがきみを噛み殺すかもしれないから。

(p.16)
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SNEEZES

When I
sneeze

I don’t go
‘Achoo!’

Or
‘Atishoo!’

I go
‘Yar… yar… yar… shar… shar… sh-sh-sh-ashkeroo!’

I don’t think
my sneezes

ever learned
to spell.

くしゃみ

ぼくが
くしゃみをするとき

「くしゅん!」
とはならない

「はくしょん!」
ともならない

ぼくのは
「やあ……やあ……やあ……しゃあ……しゃあ……しゅしゅしゅあしゅくるう!」

ぼくのくしゃみの
綴り方は

いつまでたっても
学べる気がしない

(p.29)
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THE BURP

One evening at supper
A little girl burped.
‘Tut, tut,’ said mother.
‘What do you say?’ said father.

Her brother giggled.
‘It’s not funny,’ said father.
‘Pardon,’ said the little girl.
‘That’s better,’ said mother.

And all was quickly forgotten.
Except, that is, by the burp.
It had only just been born
And already everybody was apologizing.

What sort of person gives birth
And then says ‘pardon’?
What sort of relative giggles
Then looks away, embarrassed?

Hurt, the baby burp hovered near the ceiling
Looked down at the one who had brought it up
Then escaped through an open window,
Never to return.

げっぷ

ある夕食の席で
少女がげっぷした。
「ちょっとあなた」とお母さん。
「いまのはなにかな?」とお父さん。

お兄さんはクスクス笑っていた。
「ぜんぜんおかしくない」とお父さん。
「ごめんなさい」と少女が言う。
「よろしい」とお母さん。

みんなさっさと忘れたようだった。
ただひとり、げっぷを除いては。
まだほんの生まれたてだというのに
そのことで謝罪されているげっぷ。

いったいどんな人間が
なにかを生み落として「ごめんなさい」と言うのだ?
どんな家族がクスクス笑って、
しかもそれから恥じて、そっぽを向くというのだ?

生まれたてのげっぷは傷つき、天井近くをゆらゆら
生みの親を見下ろしている
それから窓を抜けて逃げ出し
二度と戻ってはこなかった。

(pp.62-63)
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 こういう些細な人間の挙動に対する感度が、とても好きだ。以下の「THE MISSING SOCK」も、皮肉っぽい感じがとてもこの詩人らしい。

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THE MISSING SOCK

I found my sock
beneath the bed.
‘Where have you been
all the week?’ I said.

‘Hiding away,’
the sock replied.
‘Another day on your foot
and I would have died!’

なくした靴下

靴下の片割れが
ベッドの下から出てきた。
「いったい一週間も
どこに行っていたのさ?」と尋ねる。

「隠れてたのさ」
との靴下のお返事。
「あと一日でもその足に履かれたもんなら
お陀仏だからね!」

(p.22)
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 訳文を付すうえでいろいろと梃子入れが必要だったのが、以下の「BUN FIGHT」。題はイギリス風には「ティーパーティー」を意味する慣用句らしいが、そこはもちろんRoger McGoughのこと、字義どおりに「パンの戦い」と訳した。

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BUN FIGHT

The buns are having a fight
There are currants on the floor
The custards egg them on
‘More,’ they cry, ‘more.’

The doughnuts form a ring
‘Ding, ding!’ and the seconds are out
An eccles cake is taking bets
As to who will win the bout.

The referee is a muffin
The time-keeper is a scone
There are five rounds still to go
And the custards egg them on.

The Chelsea bun is tiring
And hoping for a draw
When the bath bun throws an uppercut
That brings him to the floor.

The muffin slowly counts him out
And the bath bun’s arm is raised
While through the window, passers-by
Look into the cake-shop, amazed.

パンの戦い

パンたちが戦いをはじめた
床はレーズンまみれ
クリームパンが発破をかける
「やれ」と叫び声。「やっちまえ」

リングを形づくるのはドーナッツたち
「カン、カン!」ラウンドの終了が告げられる
ノミ屋役を務め、
勝敗を見守るのは揚げパン。

審判役はマフィン
時間記録係はスコーン
残るは五ラウンド
クリームパンが発破をかける。

レーズンロールはもうへとへと
レーズンパンがアッパーカットを放ったとき
引き分けになればいいと考えていた
これで彼は床に伸びることに。

マフィンがゆっくりとカウントをとる
そしてレーズンパンの腕が掲げられた
ちょうど通行人がケーキ屋の窓を
驚嘆の目で覗き込んでいた。

(pp.58-59)
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 ご覧のとおり、逐語的には訳しておらず、原文で「eccles cake」として登場する「ノミ屋」は、「エクルズケーキ」という聞き慣れない語(それでもWikipediaには項目があった)にする代わりに「揚げパン」、「custard」をそのまま「カスタード」としてもパンのイメージは湧かないので、ここは無理やり日本人の誇り「クリームパン」とした。どうでもいいが「egg them on」が「けしかける」という意味の動詞であり、それがカスタードによって実践されているというのが大変笑える。「Chelsea bun」は「レーズンロール」、「bath bun」は「レーズンパン」としたが、ご覧のとおりちょっと苦しい。「床がレーズンまみれ」ということもあり、レーズン入りのパンを考えたのだが、英語と違って日本語ではレーズン入りのパンに対応する語彙が乏しいのだ。ていうかイギリス人、レーズン大好きだな、と思った。

 最期はブラックサンタ。Roger McGoughとの記念すべき出会いをもたらしてくれたアンソロジー、『Little Book of Poems for Young Children』に収められていた「The Sound Collector」を思い出す一篇だ。

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THE MAN WHO STEALS DREAMS

Santa Claus has a brother
A fact few people know
He does not have a friendly face
Or a beard as white as snow

He does not climb down chimneys
Or ride in an open sleigh
He is not kind and giving
But cruelly takes away

He is not fond of children
Or grown-ups who are kind
And emptiness the only gift
That he will leave behind

He is wraith, he is silent
He is greyness of steam
And if you’re sleeping well tonight
Then hang on to your dream

He is sour, he is stooping
His cynic’s cloak is black
And if he takes your dream away
You never get it back

Dreams with happy endings
With ambition and joy
Are the ones that he seeks
To capture and destroy

So, if you don’t believe in Santa
Or in anything at all
The chances are his brother
Has already paid a call

夢泥棒

あまり知られていないことだが
サンタさんには兄弟がいる
人好きのする顔も持たなければ
雪みたいに白い髭も生やしていない

煙突から降りてくることもなく
橇に乗っているわけでもない
プレゼントをくれる親切なひとではなく
冷酷に持ち去るひとなのだ

子ども好きではなく
親切な大人だって好きじゃない
唯一の贈り物は虚無感
遺していってくれるのはそれだけ

幻影のようで寡黙
霧の灰色
今晩あなたが安らかに眠っているなら
しっかりと夢にしがみついていること

気むずかし屋で猫背
その冷笑家のマントは黒
彼に夢を持ち去られたら
もう二度と取り戻せない

熱意と喜びにあふれた
幸せな結末の夢
それこそ彼が探しているもの
捕らえて打ちのめすために

もしあなたがサンタさんを信じないひとなら
なんにも信じないようなひとなら
ぜひともすすめたいのがこの兄弟
きっとすでに訪問されたあとでしょう

(pp.74-75)
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 冒頭でこの気安さは価値だと書いたが、ただ気安いだけの詩人であればこれほど立て続けに手にとることもしなかっただろう。彼の悪意のないユーモアは読んでいて心地良い。機を見てまた手にとりたいと思っている。

Pillow Talk: A Book of Poems (Puffin  Poetry)

Pillow Talk: A Book of Poems (Puffin Poetry)