Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

流刑地にて

白水社から発行されている、池内紀訳「カフカ・コレクション」の一冊。

流刑地にて―カフカ・コレクション (白水uブックス)

流刑地にて―カフカ・コレクション (白水uブックス)

 

フランツ・カフカ池内紀訳)『流刑地にて』白水uブックス、2006年。


カフカを手に取ったのは、高校生の時の『変身』以来だった。「こんなに読みやすかったっけ?」と、頭を捻りながら読み進めた。この本には「判決」「流刑地にて」「観察」「火夫」の四つの短篇が収められている。「観察」は散文集のようなものなので、三つの短篇と言ったほうが正しいかもしれない。

「判決」はカフカが一晩で書き上げた短篇らしく、確かに勢いに満ち溢れている。悪く言えば筋道が立っておらず、読者はストーリーの展開が読めずに、右往左往することになるだろう。

表題作の「流刑地にて」では、カフカの想像力と描写力に舌を巻いた。見たこともない世界の、見たこともない機械を、眼前にまざまざと想像できるというのはとてつもないことである。この作品に収められている死刑執行のための機械を絵に描かせてみるとしたら、おそらく誰もが似通ったスケッチを提示することになるだろう。『変身』で登場するザムザが一体どんな虫になったかを、友人たちと議論したことを思い出した。芋虫と答えたものもいれば、ゴキブリのようなものと答えたものもいた。「流刑地にて」を読んで、『変身』においてカフカは、敢えて想像で補うべき余白を残しておいたのだと痛感させられた。

「観察」はカフカ自身が「小さな散文」と読んでいる通り、非常に短い小品を十八篇収めたものである。それぞれに連関性はなく、ものによっては詩としか言いようがない。気付いた点を挙げれば、階段が登場するものが多い。それも、自室へと向かうアパートの階段である。毎日の往復の最中、そこはカフカにとって思索の場であったのかもしれない。

「火夫」は上記のどれよりも情景の浮かびやすいものだった。解説によるとこれは長篇『失踪者』(またの名を『アメリカ』)の第一章にあたるものらしい。読むべき本が増えた。

自分が成長したのか、池内紀の技量なのか、それともカフカが元来そういう作家なのかはわからないが、非常に読みやすかった。喜ばしい再会となった。

流刑地にて―カフカ・コレクション (白水uブックス)

流刑地にて―カフカ・コレクション (白水uブックス)