詩のこころを読む
日本の詩が気になって仕方がないのだが、なかなかどこから手をつけたら良いのかわからない。そんな時に出会った岩波ジュニア新書の一冊。
茨木のり子『詩のこころを読む』岩波ジュニア新書、1979年。
自らも詩人である著者が愛する詩の数々を選び出し、その魅力を語った本である。解説をしているわけではなく、ひたすら魅力を語る、という姿勢が良い。
「逃げるわけではありませんが、散文ですっかりときほぐせ分解できるものならば、それは詩ではありません。散文で解析できないからこそ詩なのです」(216ページ)
その姿勢の下にたくさんの詩が紹介されている。さながらアンソロジーである。茨木のり子編、お気に入りの詩集、魅力を語った文章付き。ほとんどが戦後の詩で、まさに自分の知らない領分なので、新しい世界を開いてもらった気分である。
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春の問題 辻征夫
また春になってしまった
これが何回めの春であるのか
ぼくにはわからない
人類出現前の春もまた
春だったのだろうか
原始時代には ひとは
これが春だなんて知らずに
(ただ要するにいまなのだと思って)
そこらにやたらに咲く春の花を
ぼんやり 原始的な眼つきで
眺めていたりしたのだろうか
微風にひらひら舞い落ちるちいさな花
あるいはドサッと頭上に落下する巨大な花
ああこの花々が主食だったらくらしはどんなにらくだろう
どだいおれに恐竜なんかが
殺せるわけがないじゃないか ちきしょう
などと原始語でつぶやき
石斧や 棍棒などにちらと眼をやり
膝をかかえてかんがえこむ
そんな男もいただろうか
でもしかたがないやがんばらなくちゃと
かれがまた洞窟の外の花々に眼をもどすと……
おどろくべし!
そのちょっとした瞬間に
日はすでにどっぷりと暮れ
鼻先まで ぶあつい闇と
亡霊のマンモスなどが
鬼気迫るように
迫っていたのだ
髯や鬚の
原始時代の
原始人よ
不安や
いろんな種類の
おっかなさに
よくぞ耐えてこんにちまで
生きてきたなと誉めてやりたいが
きみは
すなわちぼくで
ぼくはきみなので
自画自賛はつつしみたい
(22~25ページ)
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谷川俊太郎やプレヴェールなど、知っている詩人の作品もちらほらあって嬉しくなる。自分の気に入った詩が他の人にも紹介されているのは嬉しい。でもまさかプレヴェールとは。昨日読んだばかりなので、ひどく驚いた。
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それは 黒田三郎
それは
信仰深いあなたのお父様を
絶望の谷につき落した
それは
あなたを自慢の種にしていた友達を
こっけいな怒りの虫にしてしまった
それは
あなたの隣人達の退屈なおしゃべりに
新しいわらいの渦をまきおこした
それは
善行と無智を積んだひとびとに
しかめっ面を競演させた
何というざわめきが
あなたをつつんでしまったろう
とある夕
木立をぬける風のように
何があなたを
僕の腕のなかにつれて来たのか
(35~36ページ)
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人称に関する話も興味深い。日本語は複雑だなあ、と思う。海外の詩を訳すのは大変だ。「I」や「You」をどのように訳すかで、全体の印象はすっかり変わってしまう。そう考えると、やっぱり堀口大學は凄い。
「日本語の二人称はややこしくて、You一つで済ますわけにはいきません。話しことばでも、書きことばでも選択しなければならず、黒田三郎は「あなた」、安水稔和は「君」を選んでいました」(49ページ)
フランス語の二人称は「vous」と「tu」の二つがあって、話者同士の親しさで使い分けられる。「お前」ならともかく、「君」と「あなた」を親しさで使い分けられるだろうか。「あなた」も「貴方」や「貴女」と書けば雰囲気が変わる。そういった色々な選択を経て、詩が書かれている。それは驚くべきことだと思う。
―――――――――
練習問題 阪田寛夫
「ぼく」は主語です
「つよい」は述語です
ぼくは つよい
ぼくは すばらしい
そうじゃないからつらい
「ぼく」は主語です
「好き」は述語です
「だれそれ」は補語です
ぼくは だれそれが 好き
ぼくは だれそれを 好き
どの言い方でもかまいません
でもそのひとの名は
言えない
(53~54ページ)
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生命は 吉野弘
生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?
花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている
私も あるとき
誰かのための虻だったろう
あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない
(172~174ページ)
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本当にたくさんの詩が紹介されているので、目移りしてしまうほどだ。「この人の他の詩も読んでみたいな」と思わせる詩人の、なんと多いことか。最後に、この本に紹介されている詩とその出展をリストにしてみた。これを見ながら、詩集を買い漁るのだ。わくわくする。
「いつも思うのですが、言葉が離陸の瞬間を持っていないものは、詩とはいえません。じりじりと滑走路をすべっただけでおしまい、という詩でない詩が、この世にはなんと多いのでしょう」(122ページ)
言葉が離陸して、思考は飛翔する。詩と呼ばれるものが溢れている中だからこそ、この本は指標となって我々を導いてくれる。茨木のり子自身の詩も読んでみたくなった。
追記(2014年10月7日):一篇の詩が現在刊行されているどの詩集に収められているのか調べきることができなかったので、わからない場合は現代詩文庫やハルキ文庫など、その詩人の名を冠した詩集を掲載するようにした。また、重複する場合は一度のみ掲載している。
<紹介されている詩>
《生まれて》
谷川俊太郎「かなしみ」『二十億光年の孤独』
(石川啄木『一握の砂』)
(谷川俊太郎『六十二のソネット』)
谷川俊太郎「芝生」『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』
吉野弘「I was born」『消息』
ジャック・プレヴェール「祭」『見世物』
会田綱雄「伝説」『鹹湖』
辻征夫「春の問題」『隅田川まで』
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《恋唄》
岡真史「みちでバッタリ」『ぼくは12歳』
(金子光晴「路傍の愛人」)
安西均「十一月」『花の店』
黒田三郎「それは」『ひとりの女に』
(黒田三郎「賭け」『ひとりの女に』)
黒田三郎「僕はまるでちがって」
安水稔和「君はかわいいと」『愛について』
高橋睦郎「鳩」『ミノ・あたしの雄牛』
阪田寛夫「葉月」『わたしの動物園』
(阪田寛夫「カミサマ」)
阪田寛夫「練習問題」『サッちゃん』
松下育男「顔」『肴』
高良留美子「海鳴り」『見えない地面の上で』
高良留美子「木」『見えない地面の上で』
滝口雅子「男について」『鋼鉄の足』
滝口雅子「秋の接吻」『窓ひらく』
新川和江「ふゆのさくら」『比喩でなく』
ラングストン・ヒューズ「助言」
《生きるじたばた》
岸田衿子「くるあさごとに」『あかるい日の歌』
牟礼慶子「見えない季節」『魂の領分』
黒田三郎「夕方の三十分」『小さなユリと』
川崎洋「ひどく」『木の考え方』
川崎洋「言葉」『祝婚歌』
川崎洋「海で」『象』
(川崎洋『母の国・父の国のことば――わたしの方言ノート』)
大岡信「地名論」『わが夜のいきものたち』
工藤直子「ちびへび」『昭和三十七年―昭和四十七年』
工藤直子「てつがくのライオン」『昭和三十七年―昭和四十七年』
濱口國雄「便所掃除」『濱口國雄詩集』
岩田宏「住所とギョウザ」『岩田宏詩集』
石川逸子「風」『子どもと戦争』
金子光晴「寂しさの歌」『落下傘』
(金子光晴『人間の悲劇』)
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《峠》
岸田衿子「小学校の椅子」『あかるい日の歌』
岸田衿子「一生おなじ歌を 歌い続けるのは」『あかるい日の歌』
安西均「新しい刃」『機会の詩』
吉野弘「生命は」『北入會』
石垣りん「その夜」『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』
石垣りん「くらし」『表札など』
永瀬清子「諸国の天女」『諸国の天女』
河上肇「旧い友人が新たに大臣になつたといふ知らせを読みながら」『河上肇詩集』
河上肇「老後無事」『河上肇詩集』
河上肇「味噌」『河上肇詩集』
《別れ》
石垣りん「幻の花」『表札など』
永瀬清子「悲しめる友よ」『流れる髪』
中原中也「羊の歌」『羊の歌』
岸田衿子「アランブラ宮の壁の」『あかるい日の歌』