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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

The Perks of Being a Wallflower

 英語で読んだ2冊めの本、と書いて、ああ、そういえばアディーチェも読んだんだった、とすぐに思いなおした。でも、あれは50ページほどの講演をまとめたものなので、換算すべきではないだろう。『Aristotle and Dante Discover the Secrets of the Universe』を読んでいる最中に、友人が薦めてくれた本である。自分が働いている書店ではLiteratureに配架されていたが、たぶんYoung Adultに置いている書店も多いであろう、映画化もされたスティーヴン・チュボスキーの書簡体小説

The Perks of Being a Wallflower

The Perks of Being a Wallflower

 

Stephen Chbosky, The Perks of Being a Wallflower, Pocket Books, 2009.

 
 タイトルを直訳すると、「壁の花であることの利点」である。「壁の花(Wallflower)」という詩的な言葉を辞書で引くと、「社交的に相手にされない人」なんていう否定的な意味で紹介されているが、「利点」とあるとおり、この本では肯定的に用いられている。映画邦題はただカタカナで「ウォールフラワー」となっていた。

「"He's something, isn't he?"
 Bob nodded his head. Patrick then said something I don't think I'll ever forget.
 "He's a wallflower."
 And Bob really nodded his head. And the whole room nodded their head. And I started to feel nervous in the Bob way, but Patrick didn't let me get too nervous. He sat down next to me.
 "You see things. You keep quiet about them. And you understand."」(pp.40-41)
「「こいつ、たいしたもんだろ」
 ボブは頷いた。パトリックはつづけて、ぼくが一生忘れそうもない言葉を吐いた。
 「こいつは壁の花だ」
 ボブはさらに力強く頷いた。それから部屋中のみんなが頭を縦に振った。先だってのボブみたいに緊張してきた。でも、パトリックはぼくを緊張させっぱなしにはしなかった。彼はぼくの隣に座った。
 「おまえはなにかを見ても、それについて口を閉ざす。でも、理解はしてくれているんだ」」

「Later that afternoon, I was having a cigarette outside by myself, and I saw Patrick alone, also having a cigarette. I wasn't close enough to really see him, but I didn't want to interfere with his personal time, so I didn't walk up to him. But Patrick was crying. He was crying pretty hard. After that, whenever I saw him around anywhere, he didn't look like he was there. He looked like he was someplace else. And I think I knew that because that's how people used to say I was. Maybe they still do. I'm not sure.」(p.161)
「午後、ぼくは外に出て、ひとりで煙草を吸っていた。パトリックもひとりで、同じく煙草を吸ってるのが見えた。挨拶するほど近い距離でもなく、彼の個人的な時間を邪魔したくもなかったので、近づくのはよした。でも、パトリックは泣いていたんだ。かなり苦しそうに、泣いていた。それからというもの、いつどこで見かけても、以前の彼じゃないように見えた。彼はまるで、どこかほかの場所にいるみたいだった。どうしてそんなことが言えるのかというと、それはぼくが人びとに散々言われてきたことだからだ。まだ言われてるのかもしれない。よくわからない」

 書簡体小説ということで、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』やジョン・ノウルズの『A Separate Peace(邦題は『友だち』)』の伝統を受け継ぐ、と賞讃されているらしい。個人的には村上春樹みたいな一人称だと感じ、つまりちょっと感傷に走りすぎる嫌いがあるのだけれど、チュボスキーの場合、その感傷の語彙は驚くほど陳腐で、それゆえ大変読みやすいのだけれども、ちょっと物足りなくも感じた。十代の少年の手紙、という当初の設定を考えれば、たしかに語彙に乏しいくらいがちょうどいいのだけれど。そんなことより、この本にはもっとすばらしい点がある。物語と平行して、主人公のチャーリーが読むたくさんの本が言及されているのだ。

「I don't have a lot of time because my advanced english teacher assigned us a book to read, and I like to read books twice. Incidentally, the book is To Kill a Mockingbird. If you haven't read it, I think you should because it is very interesting. The teacher has assigned us a few chapters at a time, but I do not like to read books like that. I am halfway through the first time.」(p.10)
「英語上級クラスの先生が宿題で本を読むように言ったから、あんまり時間がないんだ。それに、ぼくは本を二回つづけて読むのが好きでね。偶然にも、その本は『アラバマ物語』だった。もし読んだことがなかったら、ぜひ読むべきだよ、おもしろいから。その先生は何章かを読んでくるように言いつけたんだけど、そういう読みかたは好きじゃないんだ。いま、一回目で、半分くらい読んだところだ」

 最初は『アラバマ物語』で、英語(彼らにとっては国語か)教師のビルが授業で扱った本である。ここから、やがては個人授業というかたちをとり、チャーリーはビルから何冊もの本を与えられ、それに読みふけりつづけるのだ。

「I have finished To Kill a Mockingbird. It is now my favorite book of all time, but then again, I always think that until I read another book.」(p.11)
「『アラバマ物語』を読み終えた。いまやこれは、ぼくの読んだなかで最高の本だ。でも、ぼくはいつだって、次の本を手にとるまではそんなふうに考えるんだ」

「"What's your favorite movie?"
 "I don't know really. They're all the same to me"
 "How about your favorite book?"
 "This Side of Paradise by F. Scott Fitzgerald."
 "Why?"
 "Because it was the last one I read."」(p.22)
「「好きな映画は?」
 「よくわからない。みんなおんなじに思えるんだ」
 「じゃあ、好きな本は?」
 「フィッツジェラルドの『楽園のこちら側』」
 「なんで?」
 「一番最近読んだ本だから」」

 この記事の末尾に、登場する本をまとめておいたので、そちらを参照してもらいたい。『グレート・ギャツビー』や『ライ麦畑でつかまえて』のような、いかにも、という本に混じって、関心を抱いたこともないような本も含まれていて、読むのが楽しみになった。つくづくチュボスキーは、村上春樹と友だちになればいいと思う。

「My parents went to Ohio to see a very distant cousin get buried or married. I don't remember which.」(p.32)
「両親は遠縁の従兄弟の挙式だか葬式だかのために、オハイオに行っていた。どちらだったか、思い出せない」

 これは青春小説と呼ばれる類の作品で、話題になるのは家族や恋愛のことが多い。主人公チャーリーの家族は凡庸ながらも癖のある人たちばかりで、家族ってこういうものだよな、という気になってくる。愛らしい父親のことは忘れられない。

「The family was sitting around, watching the final episode of M*A*S*H, and I'll never forget it even though I was very young. My mom was crying. My sister was crying. My brother was using every ounce of strength he had not to cry. And my dad left during one of the final moments to make a sandwich. Now, I don't remember much about the program itself because I was too young, but my dad never left to make a sandwich except during commercial breaks, and then he usually just sent my mom. I walked to the kitchen, and I saw my dad making a sandwich... and crying. He was crying harder than even my mom. And I couldn't believe it. When he finished making his sandwich, he put away the things in the refrigerator and stopped crying and wiped his eyes and saw me.
 Then, he walked up, patted my shoulder, and said, "This is our little secret, okay, champ?"」(pp.18-19)
「家族みんながまわりに座って、『マッシュ』の最終話を観ていた。ずいぶん小さかったけれど、このときのことは忘れられない。母さんは泣いてた。姉さんも泣いてた。兄さんはあらんかぎりの力を振りしぼって、泣くまいと努めていた。それから父さんが、クライマックスのひとつの最中に、サンドイッチを作りに席を立った。あんまり小さかったから、番組のことはよく覚えてないんだけど、父さんがCM以外のときにサンドイッチを作りにいくことなんてなかったし、普段は大抵母さんに作ってもらってたんだ。ぼくはキッチンに向かい、そこで父さんがサンドイッチを作っているのを見た。……泣きながら。母さんよりもひどいくらい泣きじゃくってた。信じられなかった。サンドイッチを作り終えると、彼はそいつを冷蔵庫にしまい、泣きやんで、目をこすって、ぼくの姿を認めた。
 それから父さんは近づいてきて、ぼくの肩をポンと叩き、こう言ったんだ。「こいつはおれたちのちょっとした秘密だ。わかったな、大将?」」

 また、母親やほかの家族も大変愛に溢れた描かれ方をしていて、こういうのは読んでいてとても気持ちがいい。家族愛というのを率直に書くひとはそうおらず、ケストナーを読んでいて楽しい理由もここにあるのだと思う。

「My brother finally called yesterday, and he can't make it home for any part of Thanksgiving weekend because he is behind on school because of football. My mom was so upset that she took me shopping for new clothes.」(p.57)
「兄さんは昨日やっと電話してきて、感謝祭の週末にはどうしたって家には帰れない、ラグビーのせいで成績が追いついてないから、と言った。母さんは動転してしまって、服を買うためにぼくをショッピングに連れだすほどだった」

「I love my mom so much. I don't care if that's corny to say. I think on my next birthday, I'm going to buy her a present. I think that should be the tradition. The kid gets gifts from everybody, and he buys one present for his mom since she was there, too. I think that would be nice.」(p.203)
「母さんを心底愛してる。おセンチに響いたって構うもんか。次の自分の誕生日に、プレゼントを買おうかと思う。そういう習慣にすべきだ。子どもはみんなから贈り物をもらい、同時にその場にいる母親のため、自分でひとつプレゼントを用意するんだ。すごくいいと思う」

 チャーリーの兄は大学ラグビーのスター選手で、家族とは離れて大学生活を送っている。以下の箇所がとりわけ気に入った。そういえばチャーリーは、ソローの『ウォールデン』だけは読んでいないので、末尾のリストには加えなかった。

「Personally, I like to think my brother is having a college experience like they do in the movies. I don't mean the big fraternity party kind of movie. More like the movie where the guy meets a smart girl who wears a lot of sweaters and drinks cocoa. They talk about books and issues and kiss in the rain. I think something like that would be very good for him, especially if the girl were unconventionally beautiful. They are the best kind of girls, I think. I personally find "super models" strange. I don't know why this is.」(pp.54-55)
「個人的には、兄さんが映画みたいな大学生活を送っていると想像するのが好きだった。社交クラブとかそういう類の映画じゃないよ。ある男が、セーターを重ね着してココアを飲んでるような女の子と出会う映画のこと。本や時事問題なんかについて語り合って、雨のなかでキスするようなやつ。兄さんにはそういうのがぴったりだと思うんだ、とりわけ女の子が、型破りなタイプの美人だったらね。これほど理想的な女の子はいないと思う。「スーパーモデル」みたいなのは、なんだかおかしい感じがするよ。どうしてかはわからないけど」

「"Do you talk about books and issues?"
 "Thank you for asking, Charlie. Yes. As a matter of fact we do. Kelly's favorite book just happens to be Walden by Henry David Thoreau. And Kelly just happened to say that the transcendental movement is a close parallel to this day and age."
 "Oooo. Big words." My sister rolls her eyes better than anyone.」(p.88)
「「本や時事問題について語り合ったりするの?」
 「よくぞ訊いてくれた、チャーリー。うん、じっさい語り合ってるよ。ケリーの好きな本はヘンリー・デイヴィッド・ソローの『ウォールデン』なんだ。形而上の趨勢は今日のものときわめて近似している、なんて言ってた。
 「あらあら、ご大層な言葉ですこと」姉さんはだれよりも目を回してみせた」

 伯母さんやおばあさん、おじいさんのことなど、ほかにもたくさん。家族のことを語っているとき、チャーリーはもっとも輝いている。

「My grandma is very old, and she doesn't remember things a lot, but she bakes the most delicious cookies. When I was very little, we had my mom's mom, who always had candy, and my dad's mom, who always had cookies. My mom told me that when I was little, I called them "Candy Grandma" and "Cookies Grandma." I also called pizza crust "pizza bones." I don't know why I'm telling you this.」(pp.90-91)
「おばあちゃんはすごく年をとっていて、もう記憶もあやふやだけど、とんでもなくおいしいクッキーを焼くんだ。ずっと小さかったころ、ぼくらにはいつも飴玉を持ってる母さんの母さんと、いつもクッキーを持ってる父さんの母さんがいた。母さんが言うには、ぼくは小さかったころ、二人のことを「飴玉ばあちゃん」と「クッキーばあちゃん」なんて呼んでいたそうだ。そういえば、ピザの耳のことを「ピザの骨」なんて呼んでた。なんでこんな話をしてるのかわからないけど」

「When I was driving home, I just thought about the word "special." And I thought the last person who said that about me was my aunt Helen. I was very grateful to have heard it again. Because I guess we all forget sometimes. And I think everyone is special in their own way. I really do.」(pp.195-196)
「家を目指して車を走らせながら、「特別」という言葉について考えていた。ぼくに向かって最後にこう言ってくれたのは、ヘレン伯母さんだった。もう一度この言葉を向けられたことを、ありがたく思った。というのも、みんなときどき忘れてるんじゃないかと思うんだ。誰もがそれぞれの流儀で特別なんだと思う。ほんとうに」

「We had this big brunch with champagne, and just like last year for my brother's graduation, my mom gave her dad (my grandfather) sparkling apple juice instead of champagne because she didn't want him to get drunk and make a scene. And he said the same thing he said last year.
 "This is good champagne."」(pp.199-200)
「シャンパン付きの盛大なブランチの席で、ちょうど去年の兄さんの卒業式のとき同様、母さんは自分の父親(ぼくの祖父)に、シャンパンの代わりに炭酸のりんごジュースを渡した。酔っ払って大立ち回りをしてもらいたくなかったのだ。祖父は去年と同じことを言った。
 「うまいシャンパンだ」」

 ちなみにこの本のなかでは、文学だけではなく、映画や音楽も同等の扱いでチャーリーの日々を彩っている。ここにテレビドラマまで加わってくるのが新鮮で、文学だけが現代の若者から遠ざかっている現況を思うと、これはかなり意図的に、著者はこれらと並置することで本の楽しさを伝えようとしていたのでは、と勘繰ってしまう。

「The exciting part is that I'm going to drive to the Big Boy by myself. My dad said I couldn't drive until the weather cleared up, and it finally did a little bit yesterday. I made a mix tape for the occasion. It is called "The First Time I Drove." Maybe I'm being too sentimental, but I like to think that when I'm old, I will be able to look at all these tapes and remember those drives.」(p.99)
「最高なのは、これからひとりでビッグ・ボーイまで運転していくことだ。父さんは天候が落ち着くまでダメだって言ったんだけど、昨日ようやくマシになったんだ。このときのために、自作のカセットテープまで用意した。その名も、「初めての運転」。たぶん、ちょっと感傷的になりすぎてるんだけど、でも年をとってからこれらのテープを見て、それぞれのドライブのことを思い出すと思うと、楽しいんだ」

「Craig said the problem with things is that everyone is always comparing everyone with everyone and because of that, it discredits people, like in his photography classes.
 Bob said that it was all about our parents not wanting to let go of their youth and how it kills them when they can't relate to something.
 Patrick said that the problem was that since everything has happened already, it makes it hard to break new ground. Nobody can be as big as the Beatles because the Beatles already gave it a "context." The reason they were so big is that they had no one to compare themselves with, so the sky was the limit.
 Sam added that nowadays a band or someone would compare themselves to the Beatles after the second album, and their own personal voice would be less from that moment on.」(pp.111-112)
「クレイグいわく、問題は、いつもだれもがだれかに比較されて、それが人びとの名誉を傷つけていることだ。ちょうど彼の受けている写真の授業みたいに。
 ボブいわく、こんなのはみんな親世代の連中が、自分たちの若かりしころを無為なものにしたくなくって、なにかに関連づけずにはいられないことからきている。
 パトリックいわく、問題は、あらゆることがすでに起こってしまったから、新天地に達することができないことにある。ビートルズという「背景」があるせいで、もうどんな連中もビートルズみたいにビッグにはなれない。彼らがとんでもなくビッグなのは比較対象が存在しないからだ。天井知らずってわけだ。
 サムの加えていわく、最近のバンドやらなにやらで、セカンド・アルバム以降に自分たちをビートルズと比較した連中は、その瞬間からどんどん発言力を弱めてしまっている」

 だれもの十代と同様、恋愛の話題には事欠かず、じつにいろいろなことが語られている。

「"Girls like guys to be a challenge. It gives them some mold to fit in how they act. Like a mom. What would a mom do if she couldn't fuss over you and make you clean your room? And what would you do without her fussing and making you do it? Everyone needs a mom. And a mom knows this. And it gives her a sense of purpose. You get it?"
 "Yeah," I said even though I didn't. But I got it enough to say "Yeah" and not be lying, though.
 "The thing is some girls think they can actually change guys. And what's funny is that if they actually did change them, they'd get bored. They'd have no challenge left."」(pp.25-26)
「「女の子たちってのは、男にやりがいみたいなもんを求めてるんだよ。それが彼女たちの行動を規定してるんだ。ちょうど母親みたいに。もし母親が大騒ぎして、おまえに部屋を掃除させられなかったら、どうする? もし母親にそうしろって言われなかったら、おまえはどうする? だれもが母親を必要としていて、母親ってのはそのことを承知してるんだ。そこで、彼女の役割意識ってもんが出てくるわけ。わかった?」
 「うん」ぼくはわかっちゃいなかったけどそう答えた。「うん」と答えられるくらいはわかっていたから、べつに嘘をついたわけじゃない。
 「ある種の女の子たちは、自分たちが男たちを変えられると思ってるんだ。でもおかしいのが、もし本当に彼女らが男を変えてみせると、今度は女の子たちは退屈しちゃうってわけ。もうやりがいがないってわけだ」」

「Charlie, we accept the love we think we deserve.」(p.27)
「チャーリー、ぼくらは、自分にふさわしいと思った愛だけを受けいれるものなんだ」

 上にあげた「we accept the love we think we deserve」は、この本のなかでももっとも美しい言葉として語りぐさになっているものだ。この本を薦めてくれた友人も、まずこの言葉を教えてくれた。訳してみて、「deserve」というのは日本語では扱いづらい言葉だな、と強く思った。

「I do not know anything about Zen or things that the Chinese or Indians do as part of their religion, but one of the girls from the party with the tattoo and belly button ring has been a Buddhist since July. She talks about very little else except maybe how expensive cigarettes are.」(p.45)
「禅だかなんだか、そういう中国人やインド人たちが宗教の一部として実践していることはなにひとつ知らないけれど、パーティーにいた女の子のひとり、刺青とへそピアスの子は、七月から仏教徒になっていた。それ以外にはほとんど、煙草が信じられないくらい高い、なんて話しかしなかった」

 物語も中盤、チャーリーには恋人ができるのだが、これがどうもうまい具合に運ばない。この感覚とてもよくわかるな、と思って、読みながら自身の高校時代なんかに思いを馳せた。どこの国でも、高校生にとっては恋人を持つことそれ自体が大切なのであって、ときに相手の感情を度外視して、突っ走ってしまうものなのだと思う。

「She's nice all the time, but it doesn't feel right. I don't know how to describe it. It's like we'll be having a cigarette outside with Sam and Patrick at the end of the day, and we'll all be talking about something until it's time to go home. Then, when I get home, Mary Elizabeth will call me right away and ask me, "What's up?" And I don't know what to say because the only thing new in my life is my walk home, which isn't a lot. But I describe the walk anyway. And then she starts talking, and she doesn't stop for a long time. She's been doing this all week. That and picking lint off my clothes.」(p.137)
「彼女は常に優しかったけれど、なんだか妙な感じだった。どんなふうに言ったらいいかわからない。放課後にサムとパトリックと四人して外で煙草を吸っていて、帰宅するときまでいろいろなことを話す。それで、家に着くなり、マリー・エリザベスから電話がかかってきて、「どう?」と尋ねられる。家路についたことくらいしか新しいことはないので、なんて答えたらいいのかわからない。でも、とにかく帰途について語ってみせる。それから彼女はおしゃべりをはじめ、長いことやめない。そんな感じ。一週間ずっと、彼女はこれをやめない。それから、ぼくの服についた糸くずを払うことも」

「My sister tried to clarify things. She said that by introducing me to all these great things, Mary Elizabeth gained a "superior position" that she wouldn't need if she was confident about herself. She also said that people who try to control situations all the time are afraid that if they don't, nothing will work out the way they want.」(p.139)
「姉さんは物事をはっきりさせようと努めた。いわく、マリー・エリザベスはこういった偉大なものをぼくに紹介することで、「優位」に立とうとしている。もし彼女が自分に自信を持っていたら、そんなことをする必要はないはずなのに。また、姉さんはこうも言った。いつも状況を自分の掌中におさめていようとするのは、そうしなければ何事も思うように進まなくなってしまうと恐れているからだと」

 マリー・エリザベスの紹介でチャーリーは外国映画(もちろんアメリカ人にとっての)を観に行くのだが、そこにこんな一節があって、びっくりした。

「Then the movie started. It was in a foreign language and had subtitles, which was fun because I had never read a movie before.」(p.133)
「それから映画がはじまった。外国語の映画で、字幕が付いていた。映画を読むなんてはじめてのことで、楽しかった」

 まあそうだよな、とも思うのだが、英語が母語であるというのは、いったいどういう感じなんだろう。外国語を学ぼうという意欲のない連中が多すぎる、と、フランスで出会ったアメリカ人の友人は言っていたっけ。

「I want to make sure that the first person you kiss loves you. Okay?」(p.75)
「わたしはただ、あなたの初めてのキスの相手は、あなたを愛してるひとであって欲しいの。いい?」

 物語のなかで、彼はじつにたくさんの本を読むのだが、かといって彼の語彙が大幅に増えて、内容がどんどん難解になってくる、というようなことはない。それをものすごく意識的にやってのけたのが、ジョイスの『若い藝術家の肖像』なのだが、それでも最後の『水源』を読む段になってくると、ちょっとおもしろいことを言いはじめる。教師のビルはこの本を渡しながら、「スポンジではなくフィルターであれ」とチャーリーに告げたのだった。

「Incidentally, I finished The Fountainhead. It was a really great experience. It's strange to describe reading a book as a really great experience, but that's kind of how it felt. It was a different book from the others because it wasn't about being a kid. And it wasn't like The Stranger or Naked Lunch even though I think it was philosophical in a way. But it wasn't like you had to really search for the philosophy. It was pretty straightforward, I thought, and the great part is that I took what the author wrote about and put it in terms of my own life. Maybe that's what being a filter means. I'm not sure.」(p.181)
「ところで、『水源』を読み終えたよ。ほんとうにすばらしい体験だった。読書をほんとうにすばらしい体験だなんて言うのはおかしなことだけど、そうとしか言えない。主人公が子どもってわけじゃないから、これまでのほかの本とはちがっていた。哲学的な部分もあるとはいえ、『異邦人』や『裸のランチ』ともちがう。哲学を求めなくちゃならないような本じゃないんだ。もっとずっと直球だと思う。すばらしいのは、作家の書いたことと自分の人生とを照らし合わせられたことだ。フィルターになるって、こういうことなんだと思う。自信はないけど」

 ビルが出てくると楽しいことが起こることが多く、以下の『路上』を読み終えたあとの会談のシーンは、お気に入りのひとつである。

On the Road was a very good book. Bill didn't ask me to write a paper about it because, like I said, it was "a reward." He did ask me to visit him in his office after school to discuss it, which I did. He made tea, and I felt like a grown-up. He even let me smoke a cigarette in his office, but he urged me to quit smoking because of the health risks. He even had a pamphlet in his desk that he gave me. I now use it as a bookmark.」(p.114)
「『路上』はすばらしい本だった。ビルは論文を書けとは言わなかった。前にも言ったように、これは「ご褒美」だったから。放課後にオフィスで議論しようということになり、ぼくは向かった。彼はお茶を入れてくれ、自分が大人になったような気分だった。オフィス内で煙草まで吸わせてくれたけど、身体に毒だから禁煙するように、とうるさかった。机からパンフレットまで取り出して、ぼくに渡してきた。いま、ぼくはそれを栞として使っている」

 全体的に風景描写などはほとんどないので、詩情の足りなさが読書の速度を推し進めている点もあるのだが、それでも以下のトンネルのくだりには息を呑んだ。

「There's something about that tunnel that leads to downtown. It's glorious at night. Just glorious. You start on one side of the mountain, and it's dark, and the radio is loud. As you enter the tunnel, the wind gets sucked away, and you squint from the lights overhead. When you adjust to the lights, you can see the other side in the distance just as the sound of the radio fades to nothing because the waves just can't reach. Then, you're in the middle of the tunnel, and everything becomes a calm dream. As you see the opening get closer, you just can't get there fast enough. And finally, just when you think you'll never get there, you see the opening right in front of you. And the radio comes back even louder than you remember it. And the wind is waiting. And you fly out of the tunnel onto the bridge. And there it is. The city. A million lights and buildings and everything seems as exciting as the first time you saw it. It really is a grand entrance.」(p.206)
ダウンタウンにつづくあのトンネルのこと。夜になると、壮麗なんだ。壮麗としか言いようがない。山の片側から進んでいくとき、そとは暗くって、ラジオは大音量で聞こえている。トンネルに入った途端、風が吸いこまれてなくなり、頭上の明かりに目を細めることになる。光に慣れてくると、反対側までへの距離が見えてきて、同時に、周波の届かなくなったラジオがだんだん静かになってきて、やがて完全に沈黙する。それから、トンネルのなかば、すべてが静かな夢みたいになる。出口が近づいて見えても、すぐには辿りつけない。そしてようやく、もう絶対に到達できない、なんて考えた矢先、出口が目の前に現れるんだ。ラジオが記憶よりも大きな音量で息を吹き返す。風が待っている。トンネルから飛び出したら橋のうえだ。そしてそこに見えてくるのが、街だ。億万もの光とビル、すべてが、初めて見るみたいに輝いているんだ。まさに大玄関をくぐったっていう感じなんだ」

 文章がとても簡単なぶん、翻訳するのは骨が折れるな、と感じた。主人公に乗り移って、自分の言葉で意味を噛み砕くことが大切な本だ。映画公開のタイミングはすでに逸してしまったけれど、訳書が出されてもいい本だと思う。でも、さすがにタイトルは「ウォールフラワー」ではなく、「壁の花」にしてほしいな、とも思った。取り上げられているたくさんの本を、いつかすべて読んでみたい。

The Perks of Being a Wallflower

The Perks of Being a Wallflower

 


〈作中で主人公チャーリーが読んでいる本〉
ハーパー・リー『アラバマ物語』(引用は上掲)

To Kill a Mockingbird

To Kill a Mockingbird

 
アラバマ物語

アラバマ物語

 

フィッツジェラルド『楽園のこちら側』(引用は上掲)

This Side of Paradise (Dover Thrift Editions)

This Side of Paradise (Dover Thrift Editions)

 

J・M・バリー『ピーター・パン』
「Incidentally, the book Bill gave me was Peter Pan by J. M. Barrie. I know what you're thinking. The cartoon Peter Pan with the lost boys. The actual book is so much better than that. It's just about this boy who refuses to grow up, and when Wendy grows up, he feels very betrayed. At least that's what I got out of it.」(p.31)
「ところで、ビルがくれたのはJ・M・バリーの『ピーター・パン』だった。なにを考えてるかわかるよ、迷子たちに囲まれたアニメのピーター・パンのことだろう。原作は、そんなのよりよっぽどいいんだ。これは成長することを拒んだ少年の話で、ウェンディが成長したとき、裏切られたように感じるんだ。少なくともぼくはそう理解した」

Peter Pan: Peter and Wendy and Peter Pan in Kensington Gardens (Penguin Classics)

Peter Pan: Peter and Wendy and Peter Pan in Kensington Gardens (Penguin Classics)

 
ピーター・パン (新潮文庫)

ピーター・パン (新潮文庫)

 

フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』
ジョン・ノウルズ『友だち』
「Incidentally, I have not told you about Bill in a while. But I guess there's not a lot to tell because he just keeps giving me books that he doesn't give his other students, and I keep reading them, and he keeps asking me to write papers, and I do. In the last month or so, I have read The Great Gatsby and A Separate Peace. I am starting to see a real trend in the kind of books Bill gives me to read.」(p.67)
「ところで、ビルのことをぜんぜん話してな かったね。でも、とくに話すことがあるわけじゃないんだ。ほかの生徒には与えもしない本をぼくには与えつづけていて、ぼくはずっと読んでいて、彼はそれに ついて論文を書くように言ってきて、だからぼくは書いている。先月は、『グレート・ギャツビー』と『友だち』を読んだ。ビルが読むようにって寄越す本の傾 向がわかってきた気がするよ」

The Great Gatsby

The Great Gatsby

 
グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

 
A Separate Peace

A Separate Peace

 
新しい世界の文学〈57〉友だち (1972年)

新しい世界の文学〈57〉友だち (1972年)

 

サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
「Bill gave me one book to read over the break. It's The Catcher in the Rye. It was Bill's favorite book when he was my age. He said it was the kind of book you made your own.」(p.79)
「ビルは休暇用にと一冊の本をくれた。『ライ麦畑でつかまえて』だ。ビルがぼくの年頃だったころに好きだった本だそうだ。自分で書きたくなるような類の本だという」

The Catcher in the Rye

The Catcher in the Rye

 
キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

 

ジャック・ケルアック『路上』
「Bill thought my paper on The Catcher in the Rye (which I wrote on my new old typewriter!) was my best one yet. He said I was "developing" at a rapid pace and gave me a different kind of book as "a reward." It's On the Road by Jack Kerouac.」(p.110)
「ビルいわく、ぼくの『ライ麦畑でつかまえて』の論文(もらったばかりの中古タイプライターで書いた!)は、これまででいちばんだそうだ。ぼくはいいペースで成長しているとのことで、「ご褒美」にちょっとちがったタイプの本をくれた。ジャック・ケルアックの『路上』だ」

On the Road

On the Road

 
オン・ザ・ロード (河出文庫)

オン・ザ・ロード (河出文庫)

 

バロウズ裸のランチ
「Then, he gave me my next book to read. It's called Naked Lunch.
 I started reading it when I got home, and to tell you the truth, I don't know what the guy is talking about. I would never tell Bill this. Sam told me that William S. Burroughs wrote the book when he was on heroin and that I should "go with the flow." So, I did. I still had no idea what he was talking about, so I went downstairs to watch television with my sister.」(p.115)
「それから、彼は次の本を寄越した。『裸のランチ』という本だ。
 家に着いてから読みはじめたけれど、正直、こいつがなんの話をしているのかさっぱりわからなかった。これはビルには内緒だ。サムが教えてくれたところによると、ウィリアム・S・バロウズというのはヘロイン漬けのときに本を書いたから、「流れに身を任せる」が吉、とのことだった。だからそうした。それでもさっぱりわからなかったので、階下に降りていって姉さんとテレビを観ることにした」

Naked Lunch

Naked Lunch

 
裸のランチ (河出文庫)

裸のランチ (河出文庫)

 

カミュ『異邦人』
「I went up to my room and started reading the new book Bill gave me. It's called The Stranger. Bill said that it's "very easy to read, but very hard to 'read well.'" I have no idea what he means, but I like the book so far.」(p.160)
「ぼくは自分の部屋に上がっていって、ビルにもらった本を読みはじめた。『異邦人』だ。「簡単に読めるけれど、《よく読む》のは非常に難しい本だ」とビルは言った。どういうことなのか見当もつかないけれど、いまのところ気に入って読んでいる」

L'Etranger (Collection Folio, 2)

L'Etranger (Collection Folio, 2)

 
異邦人 (新潮文庫)

異邦人 (新潮文庫)

 

アイン・ランド『水源』
「So, in school Bill gave me my final book to read for the year. It's called The Fountainhead, and it's very long.
 When he gave me the book, Bill said, "Be skeptical about this one. It's a great book. But try to be a filter, not a sponge."
 Sometimes, I think Bill forgets that I am sixteen. But I am very happy that he does.」(p.177)
「それで、ビルは学校でその年最後の本をくれた。『水源』という本で、ものすごく長い話だ。
 この本をくれたとき、ビルはこう言った。「これについては、疑ってかかってほしい。いい本だよ。でも、スポンジじゃなくって、フィルターとして読むんだ」。
 ときどき、ビルはぼくが十六歳であることを忘れてるように思う。でも、そのことがとても嬉しい」

The Fountainhead

The Fountainhead

 
水源―The Fountainhead

水源―The Fountainhead

 


〈読みたくなった本〉
ジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22』
→作中で家族が観ているテレビドラマ『マッシュ』は、これに着想を得て書かれたものらしい。

キャッチ=22 上 (ハヤカワ文庫 NV 133)

キャッチ=22 上 (ハヤカワ文庫 NV 133)

 
キャッチ=22 下 (ハヤカワ文庫 NV 134)

キャッチ=22 下 (ハヤカワ文庫 NV 134)