魔法のカクテル
エンデの描く、悪い魔術師と悪い魔女の話。魔法のカクテルは悪の限りを尽くすために作られ、それを食い止めようとするのは、動物最高評議会から派遣されたでぶ猫とリューマチ持ちのカラス。
- 作者: ミヒャエルエンデ,Michael Ende,川西芙沙
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2002/05/18
- メディア: 単行本
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ミヒャエル・エンデ(川西芙沙訳)『エンデ全集12 魔法のカクテル』岩波書店、1997年。
「魔術師はひじかけつきのゆったりとした安楽いすにすわっていた。四百年前に、手先の器用な吸血鬼が棺おけの板で作ったいすだった。クッションはオオカミ男の毛皮製だったが、それも長年のうちにいつのまにかすりきれてしまっていた」(4ページ)
地獄との契約で、毎年取り決められた分量の悪事を敢行しなければならない魔術師が、とうとうノルマを果たせずに、奥義である魔法のカクテルを作ろうとする。
話は大晦日の夕方五時に始まる。以後、分刻みで話が展開していくのは、まるで村上春樹の『アフターダーク』のようだ。ノルマは新年の鐘が鳴るまでに完遂されていなければならない。きっかり十二時に、物語は終わる。
「人間たちのところでは、いいかい、あそこでは金がすべてなのさ。とくにあんたの先生やうちのマダムのような連中にとっては。やつらは金のためならなんでもするし、金でなんでもできるんだ。金はやつらの最悪の魔法の手段さ、そうなんだ」(69ページ)
魔法をテーマにしたファンタジーと呼ぶには、何だかあまりにも現代的だ。ファンタジックな世界の中で、魔術師がコンピューターをいじったり、河川を汚染させようとしている。
「「きみはまったく俗物だな。きみには偉大さということがまるでわかってないんだ」マウリツィオは興ざめしたようにいった。「ああ、そうさ。だからおいらはまだ生きてるのさ。さあ、やろうぜ!」」(128ページ)
「どうしてこの世界では、いつもわるいやつばかり強い力を持っていて、いいやつは持っていないんだろう。持っているのはせいぜいリューマチぐらいで、公正じゃないよ」(141ページ)
定められたタイムリミットまでにカクテルを完成させようとする魔術師がいて、それを食い止めようとする動物たちがいる。経過していく時間はどちらにも焦燥を呼び、物語が加速していく。
「あのね、永遠からみると、ものごとは時間界のなかで見るのとはがらりとちがって見えるものなんだよ。永遠からみると、悪も最後の最後はつねに善につくすものだということがわかる。それはいわゆる自己矛盾というやつでね。悪はつねに善を支配する力を持とうとする。しかし、悪はじつは善なしには存在できないのだ。そして、完全な支配力を得ようとすればするほど、悪は支配しようとするまさにその相手を破壊せざるをえないのだ。だから、悪は不完全であるあいだしか、存在できないのだ。完全になったら、そのときはわが手でわが首を絞めることになる。だから、悪は永遠には存在できないのだ。永遠なのは善だけだ、なぜなら善は自己矛盾を内包していないからだ」(214~215ページ)
ちなみに、こんな一節があった。魔法の本の性格が語られる箇所で、普通の本も語られている。
「さて、とかく本がたがいに敵意を抱きあいがちなことは周知の事実で、ごくふつうの本の場合でも、少しでも繊細な神経を持ちあわせている人なら『ハイジ』のすぐとなりにロレンス・ダレルの『ジュスティーヌ』をおいたり、『はてしない物語』のすぐとなりに『税法』をおいたりはしないだろう」(227ページ)
ケルバーケルの『小さな本の数奇な運命』を思い出した。ある文芸書が「美術書は態度がでかい」と語っていた。
物語が十二時に終わるのは初めからわかっているのに、どのような結末となるかは最後までわからない。読ませる力に満ち溢れた作品だった。
- 作者: ミヒャエルエンデ,Michael Ende,川西芙沙
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<読みたくなった本>
エンデ『メルヒェン集』
→エンデ全集第14巻。「魔法の学校」を含む、短編集。
- 作者: ミヒャエルエンデ,Michael Ende,池内紀,樋口純明,虎頭惠美子,佐々木田鶴子,佐藤真理子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2002/07/18
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ファインマン『困ります、ファインマンさん』
→解説に詩が引用されていた。
- 作者: R.P.ファインマン,Richard P. Feynman,大貫昌子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2001/01/16
- メディア: 文庫
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ダレル『アレクサンドリア四重奏』
→まさかエンデに紹介されているとは。読まなきゃ。