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「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

汚辱の世界史

 またしてもボルヘス『伝奇集』『不死の人』に続いて手にとったのは、1935年刊行の、ボルヘス最初の短篇集だった。かつて『悪党列伝』という邦題で刊行されていた本の文庫版で、旧題のほうが内容を正確に言い表していると思いながらも、この新題が持つ詩情には、ちょっと抗いがたい。その名も、『汚辱の世界史』。

汚辱の世界史 (岩波文庫)

汚辱の世界史 (岩波文庫)

 

ホルヘ・ルイス・ボルヘス(中村健二訳)『汚辱の世界史』岩波文庫、2012年。


 この短篇集に収められている作品は、ボルヘスの純然たる創作というよりは再話であって、そういう意味ではトルストイ『イワンのばか』などに近い性格の本とも言えるだろう。だが、かつて『悪党列伝』という題だったということからも察せられるとおり、話題になるのは日陰者、ならず者たちばかりで、その再話の性質も、晩年に単純さを求めていたトルストイなどとはまったく異なり、やがて『伝奇集』と『不死の人』を書くことになる作家が、すでにちらほら姿を現している。これらの再話がどの程度、執筆にあたってボルヘスが参照した文献に忠実なものなのかは、一冊ずつ実際の文献にあたってみなければ正確なことは言えないのだろうが、きっとその作業は編集者としてのボルヘスの力量をも示してくれることだろう。

「自ら作品を書く勇気はなく、他人の書いたものを偽り歪めることで(時には正当な美的根拠もないまま)自分を愉しませていた臆病な若者――作品はすべてこの若者の無責任なひとり遊びである。若者はこうした剽窃的性質の習作を経て、苦心惨憺のすえ、ついに自前の短篇「薔薇色の街角の男」を書き上げた」(「1954年版 序」より、10ページ)

 おもしろいのが、この本には「習作」に続いて、「自前の短篇」もが収録されているということである。ボルヘスの文学的手遊びの経過を見ることができるというのは、ちょっと楽しい体験だ。こうして書かれた「薔薇色の街角の男」は、じつは『伝奇集』や『不死の人』の作品ほど複雑なものではなく、むしろ後年の『ブロディーの報告書』に収められた作品に近い感覚を覚える。おまけに、この「薔薇色の街角の男」という作品、『ブロディーの報告書』中で、登場人物の名を冠した「ロセンド・フアレスの物語」という題で、作家自身によって再話されているのである。「習作」としての再話から実作をはじめた作家が、後年に初期作品をみずから再話する、という、非常にボルヘスらしい円環構造が浮かびあがってくるではないか。

「この物語はブエノスアイレス郊外のならず者の口調で書かれているが、作品の中でこの無法者が、「臓腑」とか「旋回」といった高級な言葉を使っていることに読者は気づかれるだろう。わたしは故意にそうしたのである。ならず者は教養に憧れる、あるいは(これはいま言ったことを否定することになるが、おそらくこれが真実である)ならず者もまた一人の生きた個人であって、いつも世人の想定する理想型的ならず者のようにしゃべるとは限らないからである」(「1954年版 序」より、10ページ)

「馬車は路地の角に停めてある。馭者席にはギターが二つ、まるでキリスト教徒が坐ったようにまっすぐに立てかけてある。おまえらは安物のギターをかっぱらう度胸もないんだぞ、と馬鹿にされているようで、ほんとうに頭にくる」(「薔薇色の街角の男」より、116ページ)

 集中の作品はどれもならず者の生涯を語ったもので、どいつもこいつもクズばかり、とくに最初の「ラザレス・モレル」を読んだときなど、あまりのクズっぷり・下劣さに、興奮さえしたものだ。

「このころ、北部の津々浦々を、熱心に奴隷廃止を説いてまわる者たちがいた。私有財産に反対し、黒人の解放を叫び、彼らに逃亡を扇動する危険な狂人たちの一団があったのである。モレルがこれらアナキストどもにたぶらかされる気遣いはなかった」(「ラザレス・モレル」より、25ページ)

「青塗りの壁か大空を背にして、二つの姿がくっきりと浮かびあがる。渋い黒のスーツをぴっちり着こみ、かかとの厚い女靴をはいた二人のならず者。彼らは死の舞踊を踊りはじめる――お揃いのナイフを使ったタンゴ。やがて一方の男の耳からカーネーションが飛び散る。ナイフが突きたてられたのだ。男が水平にのけぞり息たえると、音楽のないタンゴは終わる。相手は観念したようにシルクハットをかぶりなおして立ち去る。晩年、男はこの公明正大な決闘の一部始終をあきず人に語って暮らすだろう。わがアルゼンチン往時の暗黒街の歴史は、せんじつめれば右のとおりである。過去のニューヨーク暗黒街の歴史はもっと華やかではあるが、これほどにスマートではない」(「モンク・イーストマン」より、57〜58ページ)
 
「痩せて我儘で乱暴な子供だった。十二の時はもう《泥沼の天使》に入って活躍していた。天上ならぬ下水道を根城に暴れまわっていた神々の一団である」(「ビル・ハリガン」より、72ページ)

 再話作品はどれも非常に読みやすく、『伝奇集』や『不死の人』のときのように、身構えてから読む必要などはぜんぜんない。だが、初めにも書いたとおり、あの濃密さの片鱗はすでに見え隠れしているのだ。あ、これはボルヘスだ、と思わせる描写が、唐突に現われるのである。

「乱闘の英雄たちはこの時なにを思っていたか。まず第一に(わたしの推測では)、百の拳銃から気ちがいじみた唸りをたてて飛びかう弾が、いまにも自分をうち殺すだろうという動物的確信。第二に(わたしの推測では)、最初の弾がそれたらそれから後は不死身だという、先の確信と同じくらいまちがった確信」(「モンク・イーストマン」より、66ページ)

「この砂漠に照りつける太陽は熱病を生む。ちょうどこの地の月が悪寒の原因となるように」(「メルヴのハキム」より、94ページ)

「われわれの住む世界はひとつの過失、不様なパロディである。鏡と父親はパロディを増殖し、肯定するがゆえに忌むべきものである。それゆえそれを厭離(おんり)することこそ第一の美徳であり、二つの行動規範がわれわれをその美徳へ導く。(そのいずれをとるかについては、予言者はわれわれの自由な判断に任せている。)禁欲か放蕩か、肉欲の充足かその抑制か」(「メルヴのハキム」より、100ページ)

 ちなみに日本人としては喜ぶべき(?)ことに、赤穂事件で知られる吉良上野介が、悪党どもの言わば日本代表として登場している。だが、ここで感動的に語られているのはむしろ大石内蔵助の活躍で、この作品だけ突如「英雄列伝」になったかのようだ。それでも吉良上野介に関する以下の描写は、忘れずに引いておきたい。

「彼は全人類の感謝を受けるに値する。彼はある人々に高貴な忠誠心をよび醒まし、永遠不滅の壮挙に不可欠の、不吉な事件を用意した張本人なのだから。磁器や青金石や蒔絵に描かれているのはもちろん、あわせて百近い小説、研究書、博士論文、芝居が彼らの勳を讃える。またこの物語は現代の万能芸術、映画にもたびたび取りあげられている。「実録忠臣蔵」(というのがその題であるが)は日本映画界の汲めども尽きぬ霊感の源泉、まさに「獨參湯(どくじんとう)」なのである」(「吉良上野介」より、81ページ)

 ごく薄い本で、おまけにとびきり読みやすいとあって、あっという間にページが進んでしまうのだが、巻末には詩集『創造者』を思い出さずにはいられない小品が複数収められており、テンションが上がった。

「以下はわたしが天使から聞いた話である。死んであの世に行ったとき、メランヒトンは生前住んでいたのとそっくりの家を与えられた。(来世にやってくるほとんどすべての新参者がこういう扱いをうける。彼らが自分の死を知らないのはこのためである。)」(「死後の神学者」より、127ページ)

 ちなみに蛇足ながら、先日『不死の人』の記事で書いた「ボルヘス『ムッシュー・テスト』を読んでいたのはまちがいない」という推測は、以下の文章で裏付けされた。1935年の時点ですでに読んでいる、ということになるので、『不死の人』の執筆の際にも、この奇書の数々の描写が、どこか頭の隅にあったかもしれない。

「わたしはときどき思うのだが、よい読者はよい作者以上に稀有な存在――言ってみれば黒い白鳥である。ヴァレリーが彼の過去形エドモン・テスト氏の手になるものとした断片は、テスト夫人や友人たちのそれとくらべると明らかに見劣りがすると思うのはわたしだけではないだろう」(「初版 序」より、7ページ)

 だがもちろん、わたしがそんな邪推をしているのは、ただ単にボルヘスもヴァレリーも自分の好きな作家だから、というだけで、他のどんな理由もない。ボルヘスもヴァレリーを好きだったなら嬉しいな、と思っているだけである。

「読むという行為は書くことの後に来る。書くことにくらべれば忍従と礼節を強いられるが、それはより知的な行為である」(「初版 序」より、7〜8ページ)

 ならず者だらけという基本的な性格、それから文章そのものの読みやすさを考えると、これからボルヘスに手を伸ばしてみようと考えているひとには、うってつけの一冊かもしれない。『伝奇集』というのは、だれにでもほいほい薦められるような本ではないから。逆に言えば『汚辱の世界史』というのは、だれにでも薦められるボルヘスだ。それがいかに稀有な存在であるか、ぜひ体感してほしい。

汚辱の世界史 (岩波文庫)

汚辱の世界史 (岩波文庫)