Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

たのしい川べ

先月亡くなられた、石井桃子さんの翻訳による、傑作児童文学。

たのしい川べ (岩波少年文庫 (099))

たのしい川べ (岩波少年文庫 (099))

 

ケネス・グレーアム(石井桃子訳)『たのしい川べ』岩波少年文庫、2002年。


著名な作家や学者が亡くなると、書店では「追悼フェア」を行うことが多い。売り上げの伸び悩んでいる書籍に再びスポットライトを当てることができる、という商業的な理由もないではないが、基本的に我々は彼らを敬意と共に惜しみ、その仕事と再び向き合う機会を提供しようとしているのだ。

 

ところが、石井桃子さんの追悼フェアはあまり大々的には実施されていない。A・A・ミルンによる『クマのプーさん』の翻訳をはじめに、膨大な作品群を残した作家としては異例のことだ。これには勿論理由があり、彼女の著作のほとんどは岩波書店から発行されているのである。岩波書店は原則、買い切り制に基づく配本を行っているため、リスクを負いたくない書店としては大量に仕入れるわけにはいかないのだ。だからもし、近所の本屋で石井桃子さんの追悼フェアが行われているとしたら、その書店はリスクを背負いつつ、それを敢行している。僕はこういう素敵な気概に溢れた本屋が大好きだ。もしそういった書店を見つけたら、是非フェアに参加していただきたい。ちなみに僕はジュンク堂書店新宿店の児童書売場で、小規模ではあるがしっかりとした追悼フェアを見つけ、これを購入した。

『たのしい川べ』は大自然の中で生活を営む、モグラとネズミとアナグマとヒキガエルの物語である。非常に緩やかなテンポで話が進み、およそ電車の中で読むには似つかわしくない本だ。

「「とまれ!」かなりの年とみえるウサギが、生垣のすきまから声をかけました。「私用道路の通行賃六ペンス!」が、たちまち、そのウサギは、ウサギなんかしりめにかけて先をいそぐモグラに、ひっくりかえされてしまいました。なにごとがおこったんだろうと、いそいで穴から顔をのぞかせた、ほかのウサギたちもいましたが、モグラは、それさえばかにしながら、生垣についてどんどんいきます。「ネギと煮ちゃうぞ。ネギと煮ちゃうぞ。」モグラは、からかうように、こんなことをいうと、ウサギたちが胸のすくような返答を思いつかないうちに、もういってしまいました。」(14ページ)

ちなみに「ネギと煮ちゃうぞ。」というフレーズは、原文では「Onion Sauce!」となっている。やはり、名訳としか言いようがない。ご冥福をお祈りいたします。

この本に関しては、一人で読むよりも是非、誰かに読み聞かせてもらいたい。元々がそういう物語なのだ。ケネス・グレーアムは息子に話して聞かせた物語を元にして、これを小説として完成させた。そのため、文章と文体が非常に読み聞かせに適したものとなっている。アーネスト・ハワード・シェパードの挿絵も我々を喜ばせてくれる(『クマのプーさん』の挿絵画家。プーさんの色鉛筆のようなタッチの絵を想像してもらいたい)。

いつか子どもに読んであげたい作品。この世界観に心を惹かれなくなるような人間には、絶対になりたくない。

たのしい川べ (岩波少年文庫 (099))

たのしい川べ (岩波少年文庫 (099))