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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

アレクサンドリア

 ブルース・チャトウィン『どうして僕はこんなところに』に紀行文の楽しさを教えてもらったのをきっかけに、以前から読もう読もうと思っていた本をようやく手に取った。読もうと思っていた歳月に比べ、なんと早く読み終えてしまったことだろう。『天使が踏むを恐れるところ』のときに激賞した、E・M・フォースターと中野康司の最強タッグ、再び。

アレクサンドリア (ちくま学芸文庫)

アレクサンドリア (ちくま学芸文庫)

 

エドワード・モーガン・フォースター(中野康司訳)『アレクサンドリアちくま学芸文庫、2010年。


 結論から先に言ってしまうと、これは「フォースターだから」とか「中野康司だから」という理由で手に取るべき本ではなく、まさしくこの都市アレクサンドリアに関心を抱いているひとのための歴史案内であった。ちくま学芸文庫に配架されていることからもわかるとおり、そもそも小説ではない。ちなみにこの本は以前晶文社から刊行されており、日本のわたしの自宅で眠っているのは、この「晶文社オンデマンド版」である。いったいどのくらい前に購入したことだろう。日本のわたしの部屋には、そういう本がもう千冊単位で積み上げられている。読みたくて買ったのに、その機会を見つけられないまま日本を出てしまったのだ。一年に一度くらいの頻度で帰国するのだが、そのときに持ち出せる本の数は限られている。いつか帰国したとき、これらの書物をなるべく多く紐解くのが、わたしの生涯の目標である。

「私はそれから三年以上ものあいだ、病院の訪問や、情報の収集や、報告書の執筆などをしながらアレクサンドリアにへばりついていた。「きさまは蛭みたいな野郎だな」と、赤十字社の憎たらしい大佐が口ぎたなく私に言ったことがある。たしかに言われるとおりだった。しかし、世界をつくるにはこうしてへばりついたりよじ登ったりする人間が必要なのだとは、あえて抗弁しなかった」(13~14ページ)

 チャトウィンの文章が絶え間ない移動とともに書かれていたものだったのに対し、フォースターがここで開陳するのは、いわば地に足のついた歴史である。世界が遊牧民からのみ成るのであったら、歴史が記述されることはなかっただろう。だれかがひとつの場所にへばりつくということの重要性を、上にあげた文章は高らかに宣言している。

 さて、アレクサンドリアの歴史であるが、書かれるべきことはちょっと信じがたいほど多い。アレクサンドロス大王の号令のもとに建設されたこの都は、以後カエサルクレオパトラ、アントニウスの伝説的修羅場や、アラブ人による征服、さらにはナポレオンとネルソンの海戦など、歴史の表舞台に何度も登場してきている。文化を見ても、ギリシア哲学と古代エジプト文明が交わる場所であったアレクサンドリアは学都として大いに栄え、ユークリッドプトレマイオスといった、いまでもその名を目にする機会の多いたくさんの学者たちを生み出した。その豊潤さにはひたすら目を見張るばかりである。なかでも、クレオパトラという女のことを歴史的文脈から語ろうとすることの困難は、非常に興味深いものだった。

カエサルのエジプト到着とともにクレオパトラの勝利が始まった。彼女は性格において、一族のほかの有能かつ無節操な王妃たちと何ら変わるところはなかったが、ただひとつ、ほかの王妃たちが持ち合わせない力、すなわち娼婦の力が彼女には備わっていた。彼女はこの力を、玄人顔負けに最大限に利用した。情熱的ではあったがけっして情熱の虜とはならず、ましてや感傷とはさらに無縁であった」(50~51ページ)

「これ以後の彼女は歴史上の人物というよりは、詩の世界の人となる。後半生におけるクレオパトラを普通の人間として考えることはほとんど不可能である。彼女はヘレネーやイゾルデの仲間入りをしてしまった」(55ページ)

 語られた歴史というのはおしなべてフィクションであるが、だからといってそれが現実をすこしも反映していないということにはならない。プルタルコスシェイクスピアの想像を大いにかきたてたクレオパトラという人物は、まさしく「詩の世界の人」である。

 文明が交わるところではいつもそうであるが、そこでは他者を認めることなしには抗争は免れない。だが、ギリシアとエジプトという、ふたつの最古の文明が交わったアレクサンドリアは、この「他者を認めなければ」という考え方自体が、そもそもキリスト教以後の排他的思考から生じていることを教えてくれる。

「この宗教は正しく、あの宗教は間違っている、と考えるのは本質的にキリスト教的な考え方であり、アレクサンドリアで一緒に生活していたエジプト人とギリシャ人は、けっしてそうは考えなかった。それぞれが自分の国の言葉を話すように、それぞれが自分の国の神々を崇拝したが、お隣りの国の神々は存在しないのだなどとはけっして考えず、むしろ、自分たちの神々が別の名を借りているのではないかと考えた」(42ページ)

 ところでアレクサンドリアといえば、70万冊の蔵書を誇ったと伝えられ、しかもそれをすべて焼失した、おまけにその焼失の経緯さえ諸説紛々、という超曰くつきの伝説の図書館があるが、この本ではさほど多くは語られていない。それでも『アルゴナウティカ』で知られるアポロニオスがこの図書館の第二代館長を務めていたなど、見知った名前が意外なかたちで登場してきて度肝を抜かれた。アレクサンドリア文化のあり方はかなりおもしろい。

「そこでは詩人も科学者も、王家一族を怒らせたり困らせたりするようなことは一切慎んだ。王家のご機嫌を損なえばただちにその楽園から追放され、新しいパトロンを見つけるか飢え死にするか、どちらかしかないことを知っていたからである。部外者がすぐに指摘したように、それはけっして理想の関係とはいえず、アレクサンドリア文化は最初からスノッブ根性と奴隷根性にたっぷり汚染されていた。塀の中で生まれ育ち、孤独を知らず、独立の栄光と危険ともまったく無縁であった。しかし驚くべきことに、そのアレクサンドリア文化はたんに生まれ育ったのみならず、大いに花開いた。いずれにしても、別のかたちを求めてこれを批判することは意味がない。別のかたちで花開いたのなら、それはアレクサンドリア文化とは言えないからである。宮廷とムーセイオンは、物理的にも精神的にも離れられない仲であり、ただ宮廷のほうが力も強く先輩でもあった。こうした関係は哲学を窒息させ、哲学が供給できるはずの栄養分を文学から奪ってしまった。しかし科学の奨励には大いに力を尽くし、文学にたいしても、それまで無視されてきた魅力をつけ加えることになった」(60~61ページ)

 とくに気になったのが、紙幅を割いて紹介されているテオクリトスのことだ。わたしは大学時代にアナール学派と呼ばれる歴史学の一派に触れていたので、幸いなことに歴史というものが政治と制度によって成り立っているわけではないことを知っている。テオクリトスは一昔前の歴史家たちが無視してきた民衆を描いているのだ。これは大変興味深い史料となる。そういう意味ではテオフラストスの『人さまざま』なども、大変研究しがいのある書物である。

「テオクリトスには羊飼いと羊の群れを歌ったものが多く、この楽しいエイデュリオンは彼の本領を示しているとは言えない。しかしこの第十五歌は、アレクサンドリア文学にたいする彼の偉大な貢献であり、プトレマイオス朝時代の人々の生活をうかがう貴重な資料でもある。歴史はあまりに戦争と王様の記述が多すぎる。この第十五歌はその誤りを正してくれた。文学を通してのみ過去は蘇るのであり、ここでテオクリトスは、写実と詩のふたつの力を駆使して、死者の国から街全体を蘇らせ、大通りを人々でいっぱいにした。いみじくもプラクシノアが言っている。「あら、模様の人間が立ちあがって歩き出しそうよ。模様じゃないわ、生きているわ」」(71ページ)

 さて、アレクサンドリア文化に登場する親しみのある名前はアポロニオスだけではない。同時代人に、なんといってもあのいまや悪名高き「天動説」の立案者とされるプトレマイオスがいるのだ。その天動説の受容の流れはじつに興味深く、彼は当時の社会で権威であったゆえ、彼がほとんど偶然に唱えた説が抵抗なく受け入れられ、それが後にキリスト教会の後押しによって疑うことさえ許されない定説になったというのだ。ブレヒト『ガリレオの生涯』を読んだ身としては、複雑な気持ちである。

 また本書には、同じプトレマイオスによる地理学上の功績、世界地図が掲載されていた。これに関する逸話も大変興味深いので、引用とあわせて掲載しておく。

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プトレマイオスの世界地図


プトレマイオス作成の世界地図をご覧頂きたい。一見したところ、エラトステネスの地図よりも数段すぐれ、カスピ海の誤りは訂正され、新しい国々(たとえば中国)が加えられ、さらには原語による名称も多く書きこまれている。しかし、ひとつの重大な誤りがある。アフリカを想像上の大陸へと延長し、さらには中国とつなげてしまった。これはたんなる彼の空想の産物であり、ごていねいにもその空想の大陸に、町や河の名前まで書きこんでいる。この重大な誤りは誰にも訂正されぬまま、以後数百年にわたって、インド洋は陸に囲まれているものと信じられることとなった。すなわち、すでに探求の時代が終わり、権威の時代が始まっていたのであり、アレクサンドリアにおける科学精神の衰退期が、キリスト教の勃興期とぴったり符合するというのはまことに興味深い」(81ページ)

 さて、アレクサンドリアキリスト教が入りこむと、アレクサンドリアの明敏な知性はこれの解釈に取り組み、軒並み大陸の教会から異端の宣告を受ける羽目になる。こんな皮肉なことってあるだろうか。文明の交わる場所であったはずのアレクサンドリアは、いつしかその包容力ゆえに拠り所を失い、次第次第にイスラム教を受容していくことになるのである。

「キリストは神の子である。全員異議なし。では、キリストの本性はいかなるものであろうか? アレクサンドリアの鋭敏な知性は、300年頃にこの質問を発し、かくしてアリウス主義の異端が生まれた。400年頃に同じ質問が発せられ、キリスト単性論という第二の異端が生まれ、そして600年頃に三たび同じ質問が発せられ、キリスト単意論という第三の異端が生まれた」(138ページ)

「皇帝はさながらキリスト教国の守護聖人であり、世界の支配者でもあった。この得意の絶頂にあるときに、マホメットムハンマド)という聞きなれぬアラブの指導者(シャイフ)の使節が訪れ、皇帝の勝利を祝福し、「平和の教え」とやら、「イスラム教」とやら称する新しい宗教に帰依するよう勧めた。皇帝がいささかなりと耳傾けたとは思われないが、しかしすこぶる丁重にこれを追い払ったと伝えられる。このアラブの使節はアレクサンドリア総督のもとへも派遣され、総督もまた丁重に、ロバ、ラバ、金貨一袋、バター、蜂蜜、それにコプト人の娘ふたりを土産に持たせて追い返した。娘のひとりマリアは、このアラブの指導者に気に入られ妻のひとりとなった。こうした友好関係のうちにイスラム教とのつきあいが始まった」(104ページ)

「城塞のなかにはキュロス主教がいたが、皇帝同様彼の人格もすでに崩壊していた。土着のエジプト人がアラブ人に抵抗しないことは彼も承知していたし、そして、もはやキリスト教も先が見え、その複雑さがイスラム教の単純さの前に滅びる運命にあると、多くの同時代人と同様彼も感じていたかもしれない」(106ページ)

 その後のアレクサンドリアの衰退はあまりにも自然な流れのなかで起きたことで、正直淋しさすら感じない。われわれが夢見るアレクサンドリアは古代のそれであり、現代の町ではないのだ。翻訳者である中野康司もこう書いている。

「身支度もそうそうに、さっそく旅立ちたいところだけれど、現代のアレクサンドリアには、古代アレクサンドリアの栄光を偲ぶよすがはほとんど皆無だそうだ。それならそれで、むしろありがたい。重いトランクを提げてうろうろしなくてすむ。とりあえず、E・M・フォースターのこの小著を頼りに、それぞれが瞼のアレクサンドリアを甦らせれば旅は完了である」(「訳者あとがき」より、195ページ)

 この「訳者あとがき」はじつに短いものだったが、なぜわたしがフォースターをこんなにも好きなのか、明確な説明を与えてくれた。以下の文章がそれである。

「E・M・フォースターはジェイムズ・ジョイスヴァージニア・ウルフより三歳年上でほぼ同世代だが、前衛的な小説技法には懐疑的で、誰よりもジェイン・オースティンを敬愛し、イギリス伝統の皮肉とユーモアを小説の核とし、プロットを大切にする伝統的な小説技法にあえて固執した。その小説観は、小説論の古典として名高い『小説の諸相』(1927年)に余すところなく述べられている」(「訳者あとがき」より、198ページ)

 なんというか、彼はちょっとアナトール・フランスに似ているのだ。革新的であることが求められている時代に、あえて伝統に範を見出し、果てには(アナトール・フランスほどではないが)後世に忘れ去られる。わかっていたはずだろうに。『小説の諸相』も読んでみたくなった。

アレクサンドリア (ちくま学芸文庫)

アレクサンドリア (ちくま学芸文庫)

 


〈読みたくなった本〉
E・M・フォースター『小説の諸相』

小説の諸相 (E.M.フォースター著作集)

小説の諸相 (E.M.フォースター著作集)

 

C・P・カヴァフィスの詩集
「そして私は、カヴァフィスのことを思い出す。この頃の私の喜びのひとつは、その愛する町アレクサンドリアの文明を激しく歌うギリシャの大詩人と親交を結んだことだった。C・P・カヴァフィスは、当時はまだそれほど著名ではなく、われわれの友人ヨルゴス・ヴァラッソープロスによる「神はアントニウスを見棄てたまふ」の翻訳が、最初の英訳だった。彼の詩はその後大半が翻訳され、たとえばもうひとりのアレクサンドリア礼賛者ロレンス・ダレルなどによって、広く称賛された。私はこの小著の第二版を、他界したカヴァフィスに捧げた」(17ページ)

カヴァフィス全詩集

カヴァフィス全詩集

 

プルタルコス『英雄伝(対比列伝)』
シェイクスピア『アントニーとクレオパトラ』
「瀕死のアントニウスは、ふたりの霊廟に籠っていたクレオパトラのもとへ運ばれ、ここからふたりの物語は、永遠の芸術世界へと昇華される。シェイクスピアプルタルコスから霊感を吹き込まれたが、すでにプルタルコス自身が霊感を吹き込まれていたゆえ、この共通の感情から歴史的事実を引き出すことはむずかしい。たとえばクレオパトラが自殺に用いたとされるエジプト・コブラにしても確かな根拠はなく、彼女がどういう死にかたをしたのか一切わかっていない」(57ページ)

英雄伝〈1〉 (西洋古典叢書)

英雄伝〈1〉 (西洋古典叢書)

 

シェイクスピアアテネのタイモン』
「厭人家ティモンを気取ったアントニウスは、西港に「ティモニウム」という庵を結んだ。神も無言ではいなかった。彼が愛しかつ愛された守護神ヘラクレスが、ある夜、妙なる楽の音と歌声に送られて、アレクサンドリアを去るのを人々は耳にした」(56ページ)

アポロニオス『アルゴナウティカ』
「アポロニオスが初志貫徹して書きあげた叙事詩『アルゴナウティカ』は、ほぼ完全なかたちで後世に伝わっている。ホメロスを範とし、黄金の羊毛を取り戻しにゆくアルゴー船の冒険を扱っているが、しかし内容的にはホメロス的なものはなく、未開の蛮地にいるはずの読者は、けっしてプトレマイオス朝の雅やかな宮廷を離れることはない」(65ページ)

アルゴナウティカ―アルゴ船物語 (講談社文芸文庫)

アルゴナウティカ―アルゴ船物語 (講談社文芸文庫)