Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

チェスの話

 最近また、チェスを指すのが楽しい。新しく入社してきたプログラマー男子がチェス好きと判明してからというもの、仕事をほったらかしにして、毎日のように相手をしてもらっているのだ。チェスは対人戦にかぎる。といっても、わたしは言うほど強くないので、三回に一回くらいしか勝てないのだけれど、このくらいのレベルの対局では、先にミスしたほうが負けることになる。だから、相手と対面しているとはいえ、これははっきり自分との闘いなのだが、コンピューター相手では、相手が弱く設定されているとミスばかりするし、強いとなると今度はまったくミスをしなくなるので、なかなかこういう楽しい対局にはならない。とまあ、最近はそんなことばかり考えていたため、自然とこのツヴァイクの短篇を思い出したのだ。ずいぶん前に表題作の「チェスの話」だけ読んだまま、長らく放っていたのを、あらためて最初から読みとおした。

チェスの話――ツヴァイク短篇選 (大人の本棚)

チェスの話――ツヴァイク短篇選 (大人の本棚)

 

シュテファン・ツヴァイク(辻瑆・関楠生・内垣啓一・大久保和郎訳)『チェスの話 ツヴァイク短篇選』みすず書房、2011年。


 お気づきの方がどれくらいいるかわからないが、小説らしい小説について書くのは、昨年9月の『舞姫タイス』以来である。じつは、読むのを意図的に避けていたのだ。小説を読んでいるときの心地よさはなにものにも代えがたいが、それが心地よいものであるためには、じつに色々な下準備が必要になってくる。静かな喫茶店であったり、おいしいコーヒーであったり、尽きることのない煙草であったり、ページを開く前の深呼吸であったり。そういうものが揃えられないときに無理をして小説を読むと、ほんとうは楽しいはずのものを楽しくなくしてしまう気がして、手が伸びなくなってしまっていたのだ。(ちなみに、評論ではなくどうしても文学に触れたいというときは、短めの詩、とくに短歌を読み漁っていた。『ヴァレリー・セレクション上巻』のときに書いたが、詩というのは文学の源泉、いや、原液で、それを「地の文」などで希釈したのが小説だと考えるようになっているのだ)。

 さて、そんなわけで、ツヴァイクを開くときは上述のものを揃えたうえで、じつにわくわくしていた。短篇集なので一篇ずつ、喫茶店での一晩で読み終えてしまう魂胆だった。しかし、そんな至福の時間も、仕事の電話や友人からのお誘いなどで中断せざるを得なくなることがあり、そういうときは読みかけの一篇を持ち歩く羽目になる。ところが、である。ツヴァイクを読んでいると、通勤中の電車のような慌ただしい場所でも、本のなかに飲み込まれるみたいに、周りのことがぜんぜん気にならなくなるのだ。嬉しい誤算とはこのことで、小説ってこんなだったか、と思いさえした。もたらされる集中は、なんなら評論を読んでいるとき以上のものだったのだ。

 ツヴァイクは、後年になって「通俗的だ」などと批判されるようになってしまった作家である。文体は軽く、テーマもわかりやすい。なにも難しいことを考えずにページをめくっても、読んで十分な満足を得られるのが理由だろう。いちばん似ているのは、たぶんアンリ・トロワイヤだ。まあ、トロワイヤはつい最近の作家なので、彼がツヴァイクに似ているというべきなのだろうが。ふたりとも伝記作家として有名で、びっくりするような多作、小説も数多く残しているが、あまり顧みられてはいない(ちなみにツヴァイクはフランスではとても人気のある作家で、まちがいなくトロワイヤよりも有名だ。世界中どこでも顧みられていない、というわけではない)。そして大変重要な点として、彼らの作品は、だれにでも手放しで薦められるのだ。

 だれかに文学を薦めるというのはとても難しいことで、たとえばわたしはチェスタトン『木曜日だった男』を、「これをおもしろいと思わないやつに、もう薦められる本なんてない」と半ば本気で思っているのだが、昔友人に薦めて、「よくもあんなわけのわからんものを……」というような微妙な反応を得たことがあった。詩や小説に読み慣れていないひとが、自分と同じものをおもしろがらない可能性があるということは、頭をかすめもしなかったわけである。「ジェイン・オースティンがひっくり返されているのを見ておもしろがるのは、ジェイン・オースティンを読んだことのある読者だけ」というようなことを、以前、尊敬しているある出版社の方が言っていた。つまり、なにか前提知識や経験を必要とするようなものでは、だれにでも、というわけにはいかないのだ。だれにでも薦められる娯楽、という意味では、ツヴァイクやトロワイヤの小説に勝るものはない。竜巻みたいに読者を引き込むそのやり口には、「通俗的」などという言葉では形容しきれない価値が、ぜったいにあると思えてならないのだ。

 前置きが長くなったが、以下が収録作品である。評価に意味がないのは、いつものこと。どの作品も翻訳者がちがうという、びっくりするような本なのだが、さらに驚いたことに、どれもものすごく読みやすかった。

★★☆「目に見えないコレクション」
★★☆「書痴メンデル
★★★「不安」
★★★「チェスの話」

 だれが選んだのかは知らないが、収録されているこの四篇、「不安」以外の三篇にはわかりやすい共通点がある。だから、さきに「不安」の話をしてしまおう。

「かすかな安心が彼女のなかに戻ってきた。そして、ゆったりと鋼の足音で沈黙をかき分けて進んでゆく柱時計が、彼女の心臓にいつのまにかまた、いくらか規則正しい、屈託なく安定した拍子を与えてくれた」(「不安」より、80ページ)

「ちらっとした不安感が彼女をかすめたのは、通りに足を踏みいれた最初の瞬間だけだった。このぞくぞくと冷たい神経的な身ぶるいは、波にすっかりからだをまかせる前に、爪先を試みに水にひたすときに似ていた」(「不安」より、87ページ)

「それから彼は電燈を消した。彼女は、彼のほの白い影がドアのなかに音もなく、淡く、夜の幽霊のように消えてゆくのを見ていた。そしてドアが閉ったとき、まるで棺桶にふたをされたような気がした」(「不安」より、106ページ)

 この「不安」は、心理小説なんて呼ばれそうな作品で、ポーやサキのような性格の悪さ、それからクンデラ『可笑しい愛』に収められた「だれも笑おうとしない」や、ジョン・アーヴィング『ピギー・スニードを救う話』の技巧を思い出させるものだった。つまり、胸糞の悪くなる話である。

「ふつう男たちは、ただ生温い冗談や小手先のお愛想によって「美しい夫人」をうやうやしく讃美するばかりで、今だかつて真剣に彼女のうちにある女を欲求したことはなかった」(「不安」より、83ページ)

「わずか数週間のちにはすでに、彼女は恋人であるこの若い男を、自分の生活のどこかの引出しにきちんと整頓し、舅たちに対するのと同じように、彼に対しても毎週きまった一日をあてがうようになったが、しかしこの新しい関係にともなって、自分の古い秩序から何かを棄てさるのではなく、いわば自分の生活に何かをつけ足したにとどまった。この恋人は、彼女の生活の安楽な機構を何一つ変えることなく、まるで三人目の子供とか自動車とかに似た、一種の程よい幸福の拡張となり、そしてこの恋の冒険もやがて、許された享楽とひとしく陳腐なものに思えてきた」(「不安」より、85ページ)

「いよいよ入っていったとき、彼女は他の人たちの眼差しから自分が美しいということを感じとり、そしてこの意識的なまた長らく遠ざかっていた感情によって、なおさら美しくなったのである」(「不安」より、96ページ)

 読後のすっきりしない感じは、デュ・モーリア『鳥』に収められた作品なども思い出させる。でも、こんなふうに明確な悪が登場してきて、主人公および読者を不安(というより恐怖)に陥れるというのは、同じドイツ語圏の文学でいうなら、ヘッセの『デミアン』ムージルの『寄宿生テルレスの混乱』でも見られたものだ(これらの場合は、どちらもギムナジウムだが)。上にも引いたとおり、ところどころに思いついたように挟まれる表現の美しさはこの短篇集のなかでも際立っていて、これが文学じゃなかったらなにも文学じゃねえよ、などと思ってしまう。

「不安のほうが懲罰よりも、たちの悪いものだよ。だって懲罰はつまり確定したものだから、その軽重を問わずつねに、恐ろしい不確定――あの緊張の無限に続く恐怖状態――よりはましなんだ。罪のある者は自分の罰を望むやいなや、気持が楽になる。涙なんかに惑わされちゃいけないよ。それはたまたま今、そとに溢れでたにすぎない。それまでは胸のなかに積っていたんだ。しかもなかでのほうが、そとでよりも、たちの悪い圧迫感になるものだからね」(「不安」より、120ページ)

 さて、「不安」以外の三篇には、「モノマニア的な」人間が共通して登場してくる。どういうことかというと、「チェスの話」に出てくる以下の描写が雄弁だ。

「あらゆる種類のモノマニア的な、ただ一つの観念に凝り固まってしまった人間は、これまでずっと私の興味をそそって来た。人間は限定されればされるほど一方では無限のものに近づくからである。まさにそのような、一見世界から孤絶しているように見える人間こそ、その特殊な材料をもって白蟻のように一つの驚くべき、しかもまったく比類のない小世界を築き上げるのだ」(「チェスの話」より、156ページ)

 これは作家ツヴァイクの告白ととらえてまちがいないだろう。まず、「目に見えないコレクション」では、銅版画の蒐集家が登場している。

「思いあがったベルリンでさえも、とてもめったに見られぬようなものを、お目にかけましょう……アルベルティーナの美術館や、あのいまいましいパリにも、これ以上のものはないという品々です……ええ、六十年間もあつめていると、どこにでもころがっているといったものではない品物が、いろいろとそろってきますよ」(「目に見えないコレクション」より、9ページ)

「まあ見ててごらんなさい、よろこんでいただけるか――それとも、すばらしすぎて、腹をたてなさるかですな。あなたが腹をたてればたてるほど、それだけわたしのほうは、うれしいわけですわい。わしども蒐集家というのは、そういったもんです。どれもこれも、みんな自分たち自身のためで、ひとさまのためというものは、ひとつもありませんからな!」(「目に見えないコレクション」より、11ページ)

 それから「書痴メンデル」は、題名のとおり、書物をこよなく愛する男の話だ。

「このヤーコプ・メンデルは、自分のまわりのなにものをも見もしなければ聞きもしなかった。彼のそばでは、玉を突く人々がわいわいさわぎ、ゲーム取りが走り、電話ががちゃがちゃ言っていた。床を掃いたり、ストーブをたいたりすることもあったが、彼はそんなことにはいっさい気がつかなかった。あるとき燃えている石炭がストーブからころげおちたかと思うと、もう彼から二歩離れたところで、寄木張りの床がこげくさくなって煙を出した。そのときはじめて、きなくさい臭いで一人の客が危険に気づき、いそいで煙を消そうと駈けつけた。ところが当のヤーコプ・メンデルは、そこから二インチしか離れていないところで、もう煙にかこまれていたというのに、なにも気づかなかったのだ」(「書痴メンデル」より、35ページ)

「彼は本を読んでいたのである。それは他の人がお祈りをし、賭博師が賭けをし、酔っぱらいが麻痺したように虚空を凝視しているのと同じことで、その読みっぷりには人の心を動かすほどの沈潜ぶりが見られたから、それからというものは、ほかの人の読みかたはすべて、いつも私には俗っぽいもののように思われた。この小柄なガリチア生まれの書籍仲買人ヤーコプ・メンデルのうちに、徹底的な精神集中という偉大な神秘を、私は青年時代にはじめて見たのだった。この神秘こそ、完全に物に憑かれたこの悲劇的な運不運こそ、人を芸術家にも学者にも、ほんとうの賢人にも完全な狂人にもするものである」(「書痴メンデル」より、35〜36ページ)

 だが、もちろん彼はふつうの意味での「愛書家」ではない。わざわざ「書痴」などという言葉が使われているくらいで、彼の読書に対する姿勢はサルトル『嘔吐』に出てきた、あの「独学者」に近い。

「私はいそいで希望をのべた。磁気説に関する同時代人の著作、および後世のあらゆる著作、メスメルにたいする賛否の論争を手に入れたいというわけである。話しおえると、メンデルは射撃する前の射手そっくりに一秒ほど左の目をつぶった。しかし注意力を集中するこういうしぐさは、ほんとうにただの一秒しかつづかなかった。そのあとすぐに、目に見えないカタログから読みあげるように、二、三十冊の本をすらすらと数えあげた。しかもその一冊一冊について、出版社の名と発行年、だいたいの値段を言ってのけたのである。私は唖然とした。予期してはいたものの、まさかこんなにみごとだとは思っていなかった。しかし、私の唖然たるようすが彼には快かったらしい。なぜなら彼はすぐに記憶のキイをたたいて、私の主題のみごとな図書館司書的変奏を演奏しつづけたからである」(「書痴メンデル」より、38ページ)

「本自体を、彼はなにもその意味や精神的物語的な内容を知ろうとして読んだわけではない。ただ本の名前、値段、外観、最初の扉だけが彼の情熱を惹くのである。この記憶力は結局のところ非生産的で非創造的なものであり、ふつうなら本のカタログに書きこまれるはずのが一哺乳動物のやわらかな大脳皮質に刻みこまれた十万桁にものぼる人名と標題との表にすぎなかった」(「書痴メンデル」より、41ページ)

 書店で働いたことのあるひとなら、こういう人間が実在するということを知っているだろう。尋常でない記憶力でもってあらゆるベストセラーのタイトルと棚の位置を暗記してはいるが、その内容についてはまったく無頓着な人びと。

「この一風変った人物は、本以外の世間のことはなに一つ知らなかった。なぜなら、存在のあらゆる現象は、活字に鋳られ、本のなかに集められて、いわば消毒されたときにはじめて彼にとっては現実のものとなりはじめるからである」(「書痴メンデル」より、41ページ)

「朝の七時半きっちりに彼は店に入ってきて、あかりを消すときになってやっと、出て行くのだった。ほかの客に話しかけることはけっしてなかった。新聞は読まず、どんな変化にも気づかなかった。あるときシュタントハルトナー氏が、以前のガス燈のにぶい、ちらちらする光よりも、電燈のほうが本が読みやすくはないかとていねいにたずねたとき、彼は不審そうに電球をじっと見上げた。何日にもわたる取りつけ作業でがたがたとさわがしかったのに、彼はこうした変化に全然気がつかなかったのである」(「書痴メンデル」より、48ページ)

「彼は三十年以上、つまり彼の人生の起きている時間のことごとくを、もっぱらこの店のこの四角なテーブルの前で、読んだり比較したり見積りをしたりしながらすごしたのであって、睡眠によって中断されるだけの夢をたえまなく見つづけていたようなものである」(「書痴メンデル」より、48ページ)

 ふつう逆だろ、というような比喩は、いつだって忘れがたい。「睡眠によって中断されるだけの夢」だなんて。マキューアンの『初夜』にあったこんな表現を思い出さずにはいられなかった。「グループの女の子のひとりがほかの学生と付き合いはじめると、エドワードの友人のサッカー選手みたいに、その子は仲間のあいだから姿を消した。まるで修道院にでも入ったかのようだった」。こういうのはとても楽しい。それから、メンデルはちょっとメルヴィル『バートルビー』を思わせるところもある。

「われわれは、二人でカフェー・グルックへ出かけた。するとどうだろう、そこに眼鏡をかけ、ひげをはやし放題にして黒服を着た書痴メンデルがすわっていたのだ。そして本を読みながら、風に吹かれる黒いやぶのようにからだをゆすぶっていた」(「書痴メンデル」より、36ページ)

メンデルは眼鏡をこわされてからは(新しいのを買う金がなかったのだ)灰色のモグラのように、眼をなくしてじっと黙ったまま片隅にうずくまっていた」(「書痴メンデル」より、61ページ)

 さて、これらが、ツヴァイクの言う「モノマニア的な」人びとの姿である。「チェスの話」に登場してくるグランドマスターも例外ではない。

「十四手ほど指すうちに憲兵曹長は打負かされ、しかもこの敗北は決して自分がついうっかりとどこかで指し間違えたためのものではないと認めざるを得なかった」(「チェスの話」より、150ページ)

「チェントヴィッツ少年はチェス・クラブの金でホテルに泊められ、その夜はじめて水洗便所というものを見た」(「チェスの話」より、152ページ)

「世界選手権大会に優勝して以来彼は自分が世界で一番重要な人間であると思っており、絢爛たる弁舌や文才をそなえたこれらすべての聡明な知的な人々を彼ら自身の専門領域で打破ったという意識、そしてなかんずく、自分がこれらの人々以上に金を稼いでいるという事実が、彼の生れつきの自信のなさを冷やかな思い上りに変え、しかもたいていの場合この思い上りはむきつけにさらけ出されていた」(「チェスの話」より、155ページ)

 ここに引いた「その夜はじめて水洗便所というものを見た」というのは、とびきり簡潔に彼の出自を伝えた、ものすごく意味の大きい一文だと思う。こういうさりげない一文を挿入できるのがツヴァイクという作家なのであって、意識的な再読でなかったら、わたしも見落としていたにちがいない。強調したいので、もう一度書いておく。これが文学でなかったら、なにも文学ではない。

「ちょうどマッコナーの指す番だった。そしてこの一手だけでチェントヴィッツに、彼のような名人の目からは私たち素人がいかに努力していようとこれ以上見つづける価値は全然ないと教えるに充分だったらしい。私たちが本屋で勧められたつまらない探偵小説を、ページをめくってもみずに押しやるのとそっくりそのままの、いかにも当然だというような素振で彼は私たちのテーブルから離れ、スモーキング・ルームを出て行った」(「チェスの話」より、163ページ)

 すっとばしてしまったが、「書痴メンデル」の序盤の美しさは尋常ではないので、ここで引いておく。

「ふたたびヴィーンにもどってきて、周辺地区で訪問をすませた帰り、思いがけなくにわか雨にあった。人々は雨の鞭に追われて、あわてて門口や軒下に駈けこんだが、そういう私もいそいで雨宿りの場所をさがした。幸いいまのヴィーンには、街かどごとに喫茶店が待っている――それで私は、ちょうど向かい側にある喫茶店に逃げこんだ。もう帽子からはしずくが垂れ、肩はずぶぬれで気持悪かった。中に入ってみると、おきまりの、ほとんど型通りといっていい町はずれの喫茶店であることがわかった。旧市内の店にある、ドイツをまねて造ったダンスホールのような最新流行の客寄せがあるでもなく、いかにも古いヴィーン風に小市民的な店で、菓子を食べるよりは新聞を読んでいるつつましい人々でいっぱいだった。夕刻のこととて、そうでなくてももうむっとするような空気は、青いタバコの煙の輪で濃く大理石のような縞目をつけられていた」(「書痴メンデル」より、29ページ)

「過去のことをはっきりと思い浮かべ、感ずるためには、私には具体的な刺激、現実からのほんのちょっとした手助けが必要だった。それで私は、もっと緊張して考えることができるために、あの神秘の手がかりに形を与え、しっかとつかもうとするために、目を閉じた。しかし、なに一つ思い出せない。またもやなに一つ思い出せないのだ。どこかに埋もれ、忘れられてしまったのだ! それで私は、こめかみのあいだにある、たちの悪いわがままな記憶機械に腹をたてて、けしからぬことに、出るはずのものを出さないこわれた自動販売機をゆすぶるように、げんこつでひたいをなぐりかねまじきありさまだった」(「書痴メンデル」より、33ページ)

 美しい表現が、そりゃあもういくらでも出てくるのだ。これこそまさに黄金探索者のための気晴らしである。そしてツヴァイクは、なんとなくチェスで喩えてみたいのだが、攻めながら守るというか、ストーリーに疾走感を持たせることをけっして忘れることなく、あくまでさりげなく、言葉を費やすことをせずに必要な情景を整えてしまうのだ。チェスの序盤で、定跡どおりの進めているように見せて、後々とんでもない効果をもたらすちょっとした変化球を絡めてくる感じなのである。

「彼のとなりにふたりの女が立っていました。あのドイツの巨匠の銅版画には、救世主の墓をおとずれるためにやってきて、こじあけられた空(から)の墓穴のまえに立ち、おそろしい驚愕と同時に、奇蹟に酔った敬虔な忘我の表情をうかべている女たちの姿が見られますが、このふたりの女の様子も、ふしぎとこれに似ているのでした」(「目に見えないコレクション」より、24ページ)

「マッコナーの人相は一変していた。髪の生え際まで顔じゅうを紅潮させ、内面の緊張に鼻の穴をひどくふくらませて、彼は目に見えて汗を滲ませていた。そして嚙みしめた唇から戦闘的に突き出した顎へかけて鋭く皺が刻まれた。普通ならばルーレットで倍賭けを六回も七回もかさねて当りにならなかったときでもなければ人の顔にあらわれないような、あの狂おしい激情のきらめきを彼の目に認めて私は不安だった」(「チェスの話」より、169ページ)

 無理やりではあるがチェスの話をしたので、ここに見られるすばらしい描写を忘れずに書き留めておこう。

「たしかに私も自分の経験からしてこの〈王侯の遊戯〉の神秘な魅力について知ってはいた。それは人間が考え出したあらゆる遊戯のなかでも、ひとり傲然として一切の偶然の支配をまぬがれ、その勝利の栄冠はひたすら智力に、というよりも知的才能の或る特定の形式にのみ与えられる唯一の遊戯だった」(「チェスの話」より、158ページ)

「太古より在ってしかも永遠に新しく、その本質は機械的なものでありながらもっぱら想像力によってのみ進行し、幾何学的な窮屈な空間に局限されつつしかもその組合せにおいては無限であり、絶えず展開するが決して何ものも生まない。何ものへも導かない思考、数値を出さない数学、作品を生まぬ芸術、実体のない建築、それでいてあらゆる書物や芸術作品より実際上永続的なのだ」(「チェスの話」より、159ページ)

 どうだろうか。「何ものへも導かない思考、数値を出さない数学、作品を生まぬ芸術、実体のない建築」。これほど端的にかつ美しくチェスを表現した文章は、ナボコフ『ディフェンス』にだって出てこなかったと思う。この一文だけでも、チェス好きはこの短篇に最高評価を与えることだろう。定跡を勉強しようとしたひとならだれでも知っているとおり、それらの手筋のほとんどは何百年も前に発案されたもので、なんならルソーやトルストイ棋譜だって残っているくらいなのだ。「永続的」という言葉は伊達ではない。

「それはより人間的な方法ではなく、より洗練された方法を私たちに適用するためだったのです。と申しますのは、必要とする材料を私たちに吐かせるために奴らが使おうとした圧力は、粗暴な鞭や肉体的拷問によるよりももっと巧妙に作用するはずのものでしたから。つまりそれはおよそ考えられるかぎり完璧化された隔離によるものでした。奴らは私たちには何もしませんでした――奴らはただ私たちを完全な無のなかに閉じこめただけでした。なぜなら誰も知るとおり、無というものほど人間の精神に圧迫を加えるものはこの世にないからです。私たち一人一人を完全な真空のなかに、外界から厳重に遮断された部屋のなかに密閉することによって、外的に鞭を加えたり寒気に曝したりするのとは違って、私たちの口を遂に割らせてしまうあの圧力が内面から生じて来るようにさせようとしたのです」(「チェスの話」より、186〜187ページ)

「そこには濡れた制服の外套、私の拷問吏の外套がかかっています。そういうわけで何か新奇なもの、別のものを眺めることができるわけでした。やっとここで飢えかつえた目で今までとは別のものを見ることができました。目はその一つ一つの特徴にむさぼるように注がれたものです。私はそれらの外套の襞の一つ一つを観察し、たとえばその一つの襟から落ちかけている水滴を目に留めました。そして、こんなことを言うとあなたにはどんなに馬鹿げているように思われるかもしれませんが、この滴が最後に襞に沿うて流れ落ちるだろうか、それとも重力にさからってなおしばらく留まっているかどうかと、気ちがいじみた昂奮をもって眺めたものです」(「チェスの話」より、195ページ)

 多くを書くわけにはいかないのだが、「チェスの話」には精神的な拷問が登場してくる。わたしは拷問にものすごく興味があって(なんて書くと変態みたいだが)、『死刑執行人サンソン』などで執拗に語られていた肉体的拷問よりは、むしろカミュ『転落』に出てきたような精神的な拷問に、並々ならぬ関心を抱いているのだ。オットー・ランクの『分身』や、モーパッサンの『オルラ』のような、ひとがどんなふうに狂気に陥るかというのは、興味をかきたててやまない話題である。

 ツヴァイクは読書家で知られる児玉清が敬愛していた作家だそうで、たぶん出版社からそういう売り方を求められたのだろう、池内紀児玉清を話題にした「解説」を書いている。児玉清は俳優になる前、ドイツ文学者を目指していたのだそうだ。大学のような空間がツヴァイクを忘れてしまったのは、とても淋しい話である。

「「ゲルマニスト」と呼ばれる学者の卵になっていたら、児玉さんにはそのうち、わかってきただろう。日本のドイツ文学者は総じておもしろさや笑いを好まない。難解、深刻でなくては文学でないかのようで、晩年のリルケの詩をあたかも聖句のように解釈する一方で、「八歳から八十歳までの読者」をもつケストナーには手もふれない。神話を取りこんだトーマス・マンの長篇小説は「大文学」だが、同じ歴史小説でも軽妙な逸話をちりばめたヨーゼフ・ロートの『ラデツキー行進曲』はお呼びではない。こともなげにツヴァイクを「通俗」の一語で片づけて、それが児玉青年のような本好き、文学好きに、どれほどゆたかな知的鉱脈を意味していたか、思ってみようともしなかった。明敏な児玉清は、うすうすそんな「ドクブン(独文)」の体質に気がつき、入口でそっと匂いを嗅いだだけにして、さっさと踵を転じ、より自由な俳優をめざしたのではなかろうか」(池内紀「解説」より、234〜235ページ)

 だが、上にも散々書いたが、池内紀の言葉どおり、ツヴァイクの書いたものは単なる「通俗」には留まらない。だれが読んでもおもしろい本というのは、まちがいなく価値である。人びとの読書離れを嘆く前に、こういう作家が蔑ろにされてきた事実と向き合うのも、学者や出版業界人たちのたいせつな仕事だろう。

「私は思わずまた、あの古い真実の言葉を思いおこさずにはいられませんでした――ゲーテがいったのだと思いますが――、『蒐集家は幸福である』と」(「目に見えないコレクション」より、28ページ)

「本が作られるのは、自分の生命を越えて人々を結びあわせるためであり、あらゆる生の容赦ない敵である無常と忘却とを防ぐためだ」(「書痴メンデル」より、72ページ)

 この短篇集に収められた「チェスの話」は、ほんの100ページほどの短い作品なのだが、英語やフランス語では一冊の本として翻訳刊行されている。それらの言語で本を読めそうな友人連中(日本人ではない)に薦めてみたところ、だれもがこぞって激賞していて、そのうちの何人かは、ここから読書にのめり込むようになった。日本の出版業界に、こういう薄すぎるほどに薄い本があまりないのは、もったいないことだ。だれにでも気軽に薦められるはずの作品が、海外文学の単行本というだけで、価格と敷居が一気に高くなってしまう。こういう稀有な入口が、まだ日本人に対して開け放たれていないというのは、ちょっと淋しい話である。

チェスの話――ツヴァイク短篇選 (大人の本棚)

チェスの話――ツヴァイク短篇選 (大人の本棚)