舞姫・うたかたの記
高校生の頃に愛読した「舞姫」を、再び読みたくなり手に取った本。
以下、収録作品。
「舞姫」
「うたかたの記」
「文づかひ」
「そめちがへ」
「ふた夜」(翻訳)
「今二十五歳になりて、既に久しくこの自由なる大学の風に当りたればにや、心の中なにとなく妥ならず、奥深く潜みたりしまことの我は、やうやう表にあらはれて、きのふまでの我ならぬ我を攻むるに似たり」(11ページ)
「彼は涙ぐみて身をふるはせたり。その見上げたる目には、人に否とはいはせぬ媚態あり。この目の働きは知りてするにや、また自らは知らぬにや」(17ページ)
やっぱり「舞姫」は傑作だった。文章が美しすぎる。書き出しからして美しい。「石炭をば早や積み果てつ」(7ページ)。抜群に良い。
「うたかたの記」以下は初めて読んだ。雅文体と呼ばれる鴎外の文章も、読んでみると意外にスルスルと入ってくる。
「悲しきことのみ多ければ、昼は蝉と共に泣き、夜は蛙と共に泣けど、あはれといふ人もなし」(56~57ページ)
「されど人生いくばくもあらず。うれしとおもふ一弾指の間に、口張りあけて笑はずば、後にくやしくおもふ日あらむ」(60ページ)
「うたかたの記」も素晴らしかった。主人公の男がひたすらに格好良い。「舞姫」の豊太郎も初めは格好良かった。「何故に泣き玉ふか。ところに繋累なき外人は、かへりて力を借しやすきこともあらん」(14ページ)。すみれを売る少女との出会いのエピソードだけで、読む価値が十分にある。
「けふなり。けふなり。きのふありて何かせむ。あすも、あさても空しき名のみ、あだなる声のみ」(60ページ)
「文づかひ」「そめちがへ」は、いずれも小編。尚解説によると、「舞姫」「うたかたの記」「文づかひ」を合わせて、ドイツ土産三部作というらしい。「舞姫」が好きなら、間違いなく楽しめる。素晴らしい土産だ。
「そめちがへ」は上述の三篇とは随分違う話だった。ドイツが全く絡んでいない。叙情的なのは他と同様で、一般に失敗作と呼ばれるようだが、個人的には好きだ。短くまとまっている。ただ、主人公の兼吉が女性であることに気付くのに、ひどく時間がかかった。
「ふた夜」は、ハックレンデルというドイツ作家の小説の翻訳。ただ、翻訳とは思えなかった。雅文体で訳されているので、「ドイツ土産三部作」と同じように読める。
「余は舞姫を愛せず。また愛せんとても金なきを奈何せむ。余が思を運ぶ美人は学問なり」(116ページ)
全編に通じて言えることは、雅文体の響きがひどく美しい。音にしてみると、最高に心地よく聞こえる。典雅の極みとはよく言ったもので、この文体だけで唯一無二の価値がある。
日本語の美しさにひたすら溺れられる本。