Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

Books v. Cigarettes

 突然だが、どうもわたしはヘビースモーカーらしい。らしい、なんて言うのは、わたしのように煙草を吸うことに後ろめたさなどぜんぜん感じない喫煙者は、一日に何本吸ったかなど、わざわざ数えることはしないと思うのだ。かばんには常に最低でも二箱は携帯していて、これは毎日補充しないと足りなくなるので、確実に一日一箱以上は吸っている計算だが、それ以上の数字はちょっと見当がつかない。それから、このブログを見てのとおり、わたしは本が好きで、たぶん平均的な人よりは多く読む。どれくらい多いかというのはやっぱり見当がつかず、数えてみる気などもうぜんぜん起こらない。日本に住んでいたころのほうがたくさん読んでいた気もするが、それは乱読といってもいいような、あまり褒められた態度ではなかった。最近は一冊をもっとじっくり読むようになり、しかも再読の愉しみまで覚えたため、読む速度は遅くなる一方なのだが、年齢を重ねるにつれて自由にできる金が増えたこともあってか、自宅の本が増える速度は、読む速度とは対照的に、年々速くなっている気がする。あまり深く考えずに十冊単位で本を買ってしまうことが月に一、二回あり、かつて勤めてもいた書店の友人たちは、いつも会計をしながら呆れている。本の値段をあまり気にしたことがないので、合計金額を突きつけられてからレジで震えるようなこともしょっちゅうだ。さて、どうしてこんな話をしているのかというと、そんな書店の友人のひとり、かつて喫煙所で長い時間を共に過ごしたインド人の哲学愛好家が、わたしのために一冊の本を、勝手に取り置いていたのである。「こんな本、おまえが買わなかったらだれも買わない」とまで言われ、ちょっと嬉しくなりつつ購入したのが、本書である。わたしにとっては7年ぶりのジョージ・オーウェルだった。その名も、「本vs煙草」。

Great Ideas Books V Cigarettes (Penguin Great Ideas)

Great Ideas Books V Cigarettes (Penguin Great Ideas)

 

George Orwell, Books v. Cigarettes, Penguin Great Ideas 57, 2008.


 オーウェルはこれまで『動物農場』『一九八四年』しか読んだことがなく、評論は初めてだったので、ちょっとびっくりした。話題になっていることがやけにおもしろい、というのももちろんだが、ものすごく読みやすい英語で書かれているのだ。ちなみにこの「Penguin Great Ideas」というのはパンフレットのような体裁をした薄い本のシリーズなのだが、例外はあるものの、基本的には哲学や評論の「古典」に分類されるような短い書物が名を連ねている。150ページくらいの本ばかり、その手に取りやすさは英語で本を読み慣れていないわたしのような読者にはうってつけで、時間とそのつもりさえあれば、きっとどれも一日で読めてしまえるだろう。これまでに刊行されている100点のうち、オーウェルは評論ばかりなんと4冊も含まれていて、いまさらながら評価の高さがうかがえる。この『Books v. Cigarettes』に収められているのは、以下の七つの作品だ。いつもどおり評価付きで紹介する。

★★☆「Books v. Cigarettes」
★★★「Bookshop Memories」
★☆☆「Confessions of a Book Reviewer」
★★★「The Prevention of Literature」
★☆☆「My Country Right or Left」
★★☆「How the Poor Die」
★★☆「Such, Such Were the Joys」

 まず、書名にもなっている「Books v. Cigarettes」、つまり「本vs煙草」は、読書という習慣にかかる費用は喫煙や飲酒に比べても決して高額ではない、ということを具体的な金額とともに説明したものだった。

「This idea that the buying, or even the reading, of books is an expensive hobby and beyond reach of the average person is so widespread that it deserves some detailed examination.」(p.1)
「本を買う、はたまた読むということは、金のかかる趣味であって、凡庸な収入しか持たない者には手の届かないものである。こういった考えはあまりに広まってしまっていて、すこし踏み入った検討を要するように思えた」

 事の発端は、新聞の編集をしている友人が、労働者たちに「文芸欄なんて読みやしないぜ」と言われたという話で、「本は高すぎる」ということがその理由として挙げられていたそうだ。そこでオーウェルは自宅の本を数えはじめ、それらを得るのに支払った金額を算出しはじめた。得られた結論は、すでに手元にない廉価本なども含めて、だいたい年間25ポンド、というものだった。

「Twenty-five pounds a year sounds quite a lot until you begin to measure it against other kinds of expenditure. It is nearly 9s. 9d. a week, and at present 9s. 9d. is the equivalent of about 83 cigarettes (Players)」(p.4)
「年間25ポンドというのは、結構な額のように思える。ただしそれも他の消費と比べてみるまでのこと。週に割ると、9シリング9ペンスだ。現在の物価で9シリング9ペンスといえば、煙草にするとだいたい83本である(銘柄はプレイヤー)」

 イギリスの通貨はとてもややこしいので補足しておくと、これが書かれた1946年当時は、1ポンド=20シリング=240ペンスである(ちなみにペンスが原文中で「d」と略されているのは、1971年まではラテン語の「デナリウス」が略号となっていたから)。当時の成人男性一人当たりが酒と煙草に費やしていた金額は、年間およそ40ポンドだったという。本のほうが圧倒的に安いのだ。しかも、新刊を購入するのと古本を買うのでは当然価格が異なってくるし、貸本屋公共図書館を利用すれば金なんてほとんどかからない。そしてオーウェルは結論する。問題は、本の価格ではないのだ。

「These figures are guesswork, and I should be interested if someone would correct them for me. But if my estimate is anywhere near right, it is not a proud record for a country which is nearly 100 per cent literate and where the ordinary man spends more on cigarettes than an Indian peasant has for his whole livelihood. And if our book consumption remains as low as it has been, at least let us admit that it is because reading is a less exciting pastime than going to the dogs, the pictures or the pub, and not because of books, whether bought or borrowed, are too expensive.」(pp. 6-7)
「これらの数字は推論に過ぎないので、だれかが正確な数字でもって修正してくれたら嬉しい。しかしながら、わたしの推測がもし正解に近いものであったとしたら、これは識字率がほぼ100%の国、インドの農民が一生に必要とする以上の金額を、人びとの多くが煙草に費やしている国としては、あまり誇れる結果とはいえない。もしわれわれの本の購入額がこれまでどおりに低い水準を保つのだとしたら、それはつまり、借りるにせよ買うにせよ、本が高額というわけではなく、ドッグレースや映画、パブと比較したとき、読書というのがおもしろみに欠ける娯楽なのだということを認めようじゃないか」

 この短い文章では、以下の箇所がとくにおもしろかった。本の価値というのは、ほんとうに日常的な金銭感覚を超えたところにあると思う。

「It is difficult to establish any relationship between the price of books and the value one gets out of them. 'Books' includes novels, poetry, textbooks, works of reference, sociological treatises and much else, and length and price do not correspond to one another, especially if one habitually buys books second-hand. You may spend ten shillings on a poem of 500 lines, and you may spend sixpence on a dictionary which you consult at odd moments over a period of twenty years. There are books that one reads over and over again, books that become part of the furniture of one's mind and alter one's whole attitude to life, books that one dips into but never reads through, books that one reads at a single sitting and forgets a week later: and the cost in terms of money, may be the same in each case.」(p.5)
「書物から得られる価値と、その価格との関係性を示すのは簡単なことではない。一言に《本》といっても、そこには小説や詩、教材や辞典、社会学の論文などなどが含まれるし、そもそも本の厚みと価格が対称関係にあるわけでもない。これは古書ばかり買うような人の場合、とくに顕著だ。500行の詩に10シリング払うこともあれば、20年間にわたって折々紐解く辞書が6ペンスしかしないことだってある。再読や再々読に値し、頭のなかで家具のように場所を占め、人生への態度をまるまる変えてしまうような本もあれば、ちょっと開くだけに留まり、結果的に一度も読み通さない本もあり、さらにはちょっとした間に読み終えてしまって、その一週間後には忘れ去られるような本もある。こういった様々な類の本が、金銭的には同じ価格ということだってあり得るのだ」

 本の値段というのは、その書かれていることの価値とは一切関係がないと言っても差し支えないだろう。しかもその価値は相対的なものに過ぎないので、だれかにとって「枕頭の書」となるものが、ほかのだれかには一生読み通されない紙クズとして扱われてしまうことだって大いにあり得る。普段本を読まないひとは、この単純な事実を見過ごしてしまっているのではないだろうか。現代の日本で言えば、とくに海外文学の翻訳単行本は高額だと言われがちだが、マイナーな海外文学を読むような人間が、わざわざその値段に意識を向けて、不平を言うようなことがあるとは思えない(もちろん、古書でよくあるように、さほど厚くもない一冊が希少価値のせいで一万円を超えてしまうような場合は例外だけれども)。ただ海外文学を読みたいというのであれば、千円以下で買えるような文庫本、それも一生の「枕頭の書」に値するような名著が、いくらでも手に入るのだから。言っているのはみんな、じっさいには読まないひとたちなのでは、という邪推が働いてしまう。

「Many of the people who came to us were of the kind who would be a nuisance anywhere but have special opportunities in a bookshop. For example, the dear old lady who ‘wants a book for an invalid’ (a very common demand, that), and the other dear old lady who read such a nice book in 1897 and wonders whether you can find her a copy. Unfortunately she doesn’t remember the title or the author’s name or what the book was about, but she does remember that it had a red cover.」(p.8)
「店に来る多くの客はどこででも煙たがられるような人びとだったが、特別な理由あって書店に足を運んでくるのだった。たとえば「見舞いにうってつけの本が欲しい」という老婦人(これはじつに多い問い合わせ)。はたまた別の老婦人は、1897年にすばらしい本を読んだのだが、どうにかそれを見つけられないか、と尋ねてくる。残念なことに書名や著者名、本の内容は失念してしまっているが、表紙が赤だったことだけはまちがいない、というような」

「In a town like London there are always plenty of not quite certifiable lunatics walking the streets, and they tend to gravitate towards bookshops, because a bookshop is one of the few places where you can hang about for a long time without spending any money.」(p.9)
「ロンドンのような街ではいつだって、精神鑑定をどうにか免れたような狂人どもが通りをうろついているものだ。彼らは書店に引きつけられてくる。書店というのが、一銭も払うことなく長時間の滞在ができる数少ない場所のひとつだからだ」

 オーウェルには書店で働いていた経験がある。その思い出を綴ったのが「Bookshop Memories」で、わたしも十年間も書店員をやっていた経験から、これはもうゲラゲラ笑いながら読んだ。お客さんの理不尽な問い合わせなどは、これが書かれた1936年からちっとも変わっていない。以下のようなあけすけな意見も、大いに楽しませてくれた。

「Modern books for children are rather horrible things, especially when you see them in the mass. Personally I would sooner give a child a copy of Petronius Arbiter than Peter Pan, but even Barrie seems manly and wholesome compared with some of his later imitators.」(p.10)
「近ごろの子ども向けの本というのはひどいものが多く、大部分はちょっと目も当てられない。個人的には子どもに『ピーター・パン』を読ませるくらいだったら、ペトロニウスでも与えたいところだ。だがそのバリーですら、後々の模倣者たちに比べたら、よほど立派で健全に思えてくる」

 とはいえ、彼が勤めていたのは新刊書店ではなく古書店で、しかも貸本屋を兼ねていたという。貸本屋での客の選書傾向というのは、とてもおもしろい。

「Our principle sideline was a lending library – the usual ‘twopenny no-deposit’ library of five or six hundred volumes, all fiction. How the book thieves must love those libraries! It is the easiest crime in the world to borrow a book at one shop for twopence, remove the label and sell it at another shop for a shilling. Nevertheless booksellers generally find that it pays them better to have a certain number of books stolen (we used to lose about a dozen a month) than to frighten customers away by demanding a deposit.」(pp.10-11)
「書店の主だった副業は、貸本屋だった。よくある「1冊2ペンス、保証金不要」というやつで、フィクションばかり五、六百冊揃っている。こういった類の貸本屋は、本泥棒たちにどんなに愛されたことだろう! ある貸本屋で2ペンスで借りた本のラベルを引っぺがし、別の店で1シリングで売る、これほど簡単な犯罪はそうそうあるものではない。それでも書店側にしてみれば、わざわざ保証金を要求して客足を遠のかせるくらいだったら、いくらかの本を失うことになったとしても(わたしの店では月に1ダースほど行方不明になっていた)、この方式を採ったほうが良い稼ぎになるのだった」

「In a lending library you see people’s real tastes, not their pretended ones, and one thing that strikes you is how completely the ‘classical’ English novelists have dropped out of favour. It is simply useless to put Dickens, Thackeray, Jane Austen, Trollope, etc. into the ordinary lending library: nobody takes them out. At the mere sight of nineteenth-century novel people say, ‘Oh, but that’s old!’ and shy away immediately. Yet it is always fairly easy to sell Dickens, just as it is always easy to sell Shakespeare.」(p.12)
貸本屋では、見せかけでない、人びとの本当の好みを知ることができる。英語作家たちによるいわゆる「古典」が、人びとの趣味からどれほど完璧なまでに脱落してしまったか、すぐに目にすることになるだろう。ディケンズサッカレージェイン・オースティンやトロロープといった作家を貸本屋の棚に並べるほど無意味なことはない。だれも抜き出しやしないのだ。19世紀の小説を目にするや否や、「いや、古いでしょ!」と、すぐさま飛びのいてしまう。けれど、ディケンズを“売る”のはいつだって簡単なことなのだ。ちょうどシェイクスピアがいつでも売れているように」

 だが、この文章中でいちばん突き刺さったのは、以下の箇所である。

「Would I like to be a bookseller de métier? On the whole – in spite of my employer’s kindness to me, and some happy days I spent in the shop – no.」(p.13)
「わたしは“プロの”書店員になりたいだろうか? 何もかも考えあわせてみても――雇用主の優しさや店で過ごした幸福な日々を鑑みても――答えは否である」

「the real reason why I should not like to be in the book trade for life is that while I was in it I lost my love of books. A bookseller has to tell lies about books, and that gives him a distaste for them」 (p.14)
「書店業に生涯身を置きたくない本当の理由は、書店にいるあいだに、本に対する愛着を失ってしまったからだ。書店員というのは本について嘘をつかねばならず、それが嫌悪を催すのだ」

 あらかじめ断っておかねばならないが、ここに引用しなかったというだけで、オーウェルはほかにもたくさん、書店員を生涯の職としたくない理由を挙げている。だが、それらの多くは古書店特有の話に思え、書店業一般に通用する理由ではなかったのだ。しかし、「本について嘘をつかねばならない」というのは、書店業一般に蔓延した、ものすごく本質的な負の側面だろう。自分だったらぜったいに読みもしないような本でも注文しなければならず、そういった本を笑顔で売らなければならない。それが書店員の勤めの大部分を占めているのだ。もちろん、給料が低かったり拘束時間が長かったりと、書店が読書家にとっては理想の職場でない理由は他にもいくらでもあるが、それはひょっとすると書店によりけりで、一般的な話ではないのかもしれない。だが、「本について嘘をつく」というのは、書店業では必ず付きまとう問題で、ここからくる良心の呵責を振り払うには、ふたつの道しかないのだ。つまり、嘘のつきまとわない本当に売りたい本だけを並べるか、または嘘をつくことに慣れきってしまうか、のふたつである。だが前者を採ろうにも、売りたい本と売れる本はほとんどの場合一致しない。大書店のなかで、なにか自分に関心のある棚を専任で担当をしていられるような場合ならまだしも、遥かに小さな書店で、店内の棚すべてを担当するような場合、もしわたしが本当に自分の趣味だけで本を発注していたら、たとえばビジネス書など棚ごとなくなってしまうだろう。わたしが書店から離れたのは、嘘をつくことに慣れきってしまって、本に対する愛着を抱けなくなるのが嫌だったからなのかもしれない。

「Wherever there is an enforced orthodoxy – or even two orthodoxies, as often happens – good writing stops. This was well illustrated by the Spanish Civil War. To many English intellectuals the war was deeply moving experience, but not an experience about which they could write sincerely. There were only two things that you were allowed to say, and both of them were palpable lies: as a result, the war produced acres of print but almost nothing worth reading.」(p.34)
「正しい言説というものが押しつけられている場所ならどこであれ――よくあるとおり、その言説が複数あるような場合でも――執筆業には期待が持てなくなる。スペイン市民戦争はこのことを明確に描いてみせた。戦争というのは多くのイギリスの知識人たちにとって感情を揺さぶられる経験であったが、それを誠実に文字にすることのできるような経験ではなかったのだ。語るのが許されていることといえばふたつだけで、そのどちらもが真っ赤な嘘だった。結果として、戦争は莫大な量の紙を氾濫させはしたが、じっさい読むに値するものなど、ほとんどないのである」

 つづく「Confessions of a Book Reviewer」はあまりおもしろくなかったので無視するとして、「The Prevention of Literature」は、いかにも『一九八四年』の著者が書きそうな、ユートピアの気配にまみれた評論だった。これが発表されたのは1946年のことなので、1949年刊行の『一九八四年』、その構想の大きな部分を占めたものであることは疑いようがない。直訳すれば「文学の妨げ」となるこの評論では、「totalitarian(全体主義者)」や「authoritarian(権威主義者)」、「tyranny(独裁政治)」や「bureaucrat(官僚主義者、役人)」といった語が頻出する、この本のなかではかなり特殊な語彙に溢れたものだった。

「It is not certain whether the effects of totalitarianism upon verse need be so deadly as its effects on prose. There is a whole series of converging reasons why it is somewhat easier for a poet than for a prose writer to feel at home in an authoritarian society. To begin with, bureaucrats and other ‘practical’ men usually despise the poet too deeply to be much interested in what he is saying. Secondly, what the poet is saying – that is, what his poem ‘means’ if translated into prose – is relatively unimportant even to himself.」(p.34)
「詩人にとって、全体主義の影響が散文作家にとってと同じように致命的なものだったかは、定かでない。権威主義社会で詩人が散文作家よりも自由に振る舞うことができたであろう理由はいくらでもある。まず、役人どもやその他「実際的」な連中というのは、たいてい詩人というものを徹底的に軽蔑しているので、彼が何を言っていようと、ほとんど気にも留めないのだ。次に、詩人が述べていること――すなわち、もし彼の詩が散文に翻訳されたとして、その“意味するところ”――など、詩人にとってすら、たいして重要ではないという点である」

「Poetry might survive, in a totalitarian age, and certain arts or half-arts, such as architecture, might even find tyranny beneficial, but the prose writer would have no choice between silence and death. Prose literature as we know it is the product of rationalism, of the Protestant centuries, of the autonomous individual. And the destruction of intellectual liberty cripples the journalist, the sociological writer, the historian, the novelist, the critic and the poet, in that order. In the future it is possible that a new kind of literature, not involving individual feeling or truthful observation, may arise, but no such thing is at present imaginable. It seems much likelier that if the liberal culture that we have lived in since the Renaissance actually comes to an end, the literary art will perish with it.」(pp.36-37)
全体主義の時代にあっても、詩は生き延びることができるだろう。芸術や芸術的なもののいくらか、たとえば建築などにとっては、独裁体制が好都合に働く場合さえある。だが散文の書き手にとっては、沈黙か死しかない。散文の文学というのは周知のとおり、宗教改革時代のものであれ匿名作家のものであれ、合理主義の賜物なのだ。そして知的自由の破壊というのは、新聞記者、社会学者、歴史学者、小説家、評論家、そして詩人、この順番で、彼らの自由を奪っていく。将来、個人の感情や現実に迫った描写をまったく介さないような、新しい文学が起こる可能性もあるが、現状そんなものは空想でしかない。ルネサンス以来連綿と続いてきた自由な人文科学がついに終焉を迎え、文芸もそれとともに滅びるのだ、と考えるほうが当たっているだろう」

「Many scientists, for example, are the uncritical admirers of the U.S.S.R. They appear to think that the destruction of liberty is of no importance so long as their own line of work is for the moment unaffected. The U.S.S.R. is a large, rapidly developing country which has acute need of scientific workers and, consequently, treats them generously.」(p.39)
「たとえば多くの自然科学者というのは、ソ連に対する無批判な讃美者たちだ。自分たちの領分が侵犯されないかぎり、知的自由の破壊など、彼らにとってたいした問題ではないのである。ソ連というのは広大で、しかも急速に発展している国ゆえ、科学者たちを深刻に必要としており、そのため彼らに対しては優しく振る舞っているのだ」

 文学の妨げ、言論の自由が得られない社会としてオーウェルの頭にあるのは、なにもナチス・ドイツやソ連のことばかりではない。スペイン市民戦争に関して明確な言及を許さなかったイギリスのような社会も、彼には明白に「妨げ」として映っているのだった。ビッグ・ブラザーはそこらじゅうにいる。

「Newspapers will presumably continue until television technique reaches a higher level, but apart from newspapers it is doubtful even now whether the great mass of people in the industrialized countries feel the need for any kind of literature. They are unwilling, at any rate, to spend anywhere near as much on reading matter as they spend on several other recreations. Probably novels and stories will be completely superseded by film and radio productions. Or perhaps some kind of low-grade sensational fiction will survive, produced by a sort of conveyor-belt process that reduces human initiative to the minimum.」(p.37)
「見たところ、テレビの技術がもうすこし進むまでは、新聞は生き残りそうだ。だが、ひとまず新聞は置いておこう。現在においてさえ疑わしいのは、工業化された国々の大衆が、いったいどんな文学を必要とするのか、ということである。彼らはなんであれ読書のようなことに時間を費やすのは望んでおらず、ほかの娯楽に心を奪われている。きっと小説や物語といったものは、映画やラジオ番組に完全に取って代わられるだろう。ともすると、話題性ばかりの安っぽい読みものは、生き延びるかもしれない。それはひとの独創性がなるべく関わらないような、ベルトコンベヤー方式で生産されていくことだろう」

「It would probably not be beyond human ingenuity to write books by machinery. But a sort of mechanizing process can already be seen at work in the film and radio, in publicity and propaganda, and in the lower reaches of journalism. The Disney films, for instance, are produced by what is essentially a factory process, the work being done partly mechanically and partly by teams of artists who have to subordinate their individual style.」(p.37)
「人間の発明力をもってすれば、機械による本の執筆もきっと不可能ではないだろう。しかもこういった工程の機械化は、映画やラジオ、広告や宣伝活動、低俗なジャーナリズムの現場で、すでに散見されている。たとえばディズニー映画など、ほとんど工場生産と同じ過程を踏んでおり、ある部分は機械が、またある部分では個々の方式に従わざるを得ない芸術家集団が、分業方式を採っている」

「Books would be planned in their broad lines by bureaucrats, and would pass through so many hands that when finished they would be no more an individual product than a Ford car at the end of the assembly line. It goes without saying that anything so produced would be rubbish; but anything that was not rubbish would endanger the structure of the State. As for the surviving literature of the past, is would have to be suppressed or at least elaborately rewritten.」(p.38)
「本の大筋は役人どもによって準備され、さらにそこに多くの手が加えられることになるだろう。そしていよいよできあがり、というときには、フォードの量産車ほどにも特徴を持たぬものとなっているにちがいない。わざわざ言うまでもなく、そんなふうに生産されたものは紙クズでしかない。なんであれ、紙クズでないようなものは、国家機構を危険にさらすことになるのだから。過去の文学などは、発禁にするか入念に書き直す必要があるだろう」

 ちょっと笑ってしまうのが、オーウェルが「Bookshop Memories」のなかで、ほとんど唯一名指しで批判していた『ピーター・パン』が、彼の死後の1953年に他ならぬディズニーによってアニメ映画化されているという事実である。その公開にオーウェルが立ち会っていたらいったいどんな文章を書いてくれたかと思うと、早世があまりに惜しまれるではないか。攻撃、という意味では、以下の文章も目に止まった。

「It is true that literary prostitutes like Ilya Ehrenburg or Alexei Tolstoy are paid huge sums of money, but the only thing which is of any value to the writer as such – his freedom of expression – is taken away from him.」(pp.39-40)
イリヤ・エレンブルグやアレクセイ・トルストイといった文学界の娼婦どもが莫大な報酬を得ていたことはまちがいない。だが物書きにとって真に価値のあるたったひとつのもの――表現の自由――は、奪い去られてしまっていたのだ」

 この「literary prostitutes」、ここでは「文学界の娼婦ども」と訳してみたが、この「娼婦」という言葉をどこまで批判的に受け取るべきなのかは、ちょっとわからない。抑圧され、そうする以外に道がなかった作家たち、という意味での「娼婦」なのか、それともみずから進んで売文家に成り下がったという意味での「娼婦」なのか、明確な説明は与えられていないのだ。とくにイリヤ・エレンブルグについては、小笠原豊樹の翻訳も数多く、いつか読みたいと思っている作家なので、前者の意味だと思いたい。

「But what is sinister, as I said at the beginning of this essay, is that the conscious enemies of liberty are those to whom liberty ought to mean most. The big public do not care about the matter one way or the other. They are not in favour of persecuting the heretic, and they will not exert themselves to defend him. They are at once too sane and too stupid to acquire the totalitarian outlook. The direct, conscious attack on intellectual decency comes from the intellectuals themselves.」(p.39)
「だがなによりも不吉なのは、この文章の初めに書いたとおり、意識的に自由の敵となるのは、その自由をもっとも享受すべき類の人びとだということだ。大衆にとっては、そんなものはなんであろうと構いやしない。異端者の迫害などは彼らの趣味ではなく、またその擁護に尽力するようなこともない。全体主義の容貌に目を止めるには、彼らはあまりに健全で、またあまりに愚かなのだ。知的生活への直接的、意識的な攻撃は、知識人たち自身から繰り広げられる」

 かなり長くって、しかも言葉も難しいものの、この「The Prevention of Literature」はオーウェルに対して一般的に抱かれている印象を裏切らない、なんなら『一九八四年』の巻末に付録として入っていても違和感がないような一篇だった。

 そのあとの「How the Poor Die」、「貧乏人の死に様」とでも訳せそうな一篇は、オーウェルがフランスで文無し入院生活を送っていたときの様子を面白おかしく書いたエッセイで、これもゲラゲラ笑いながら読んだ。ここでは手術に際しても麻酔が使われないなどは当たり前、病人どもはひっきりなしにやってくる医者の卵たちの見世物となっているのだ。その恐怖体験は以下のとおり、オーウェルに19世紀文学を思い出させずにはいられなかった。

「From the nineteenth century you could collect a large horror-literature connected with doctors and hospitals. Think of poor old George III, in his dotage, shrieking for mercy as he sees his surgeons approaching to ‘bleed him till he faints’! Think of the conversations of Bob Sawyer and Benjamin Allen, which no doubt are hardly parodies, or the field hospitals in La Débâcle and War and Peace, or that shocking description of an amputation in Melville’s Whitejacket!」(pp.61-62)
「19世紀の文学からは、医者と病院にまつわる恐怖の物語がどっさり見つかる。哀れなジョージ三世のことを考えてみてほしい、その老年、「失神するまで血を流させる」ために外科医が近づいてくるのを見て、慈悲を求めて悲鳴をあげた彼のことを。『ピクウィック・クラブ』におけるボブ・ソーヤーとベンジャミン・アレンの会話も、虚構の産物というわけでもなさそうだ。ゾラの『壊滅』や、『戦争と平和』の野戦病院メルヴィルが『白ジャケット』で書いた衝撃的な四肢切断の描写を思い出そう!」

 最後の「Such, Such Were the Joys」は幼年期の回想で、じつは本の半分ほどを占めている長いものだ。オーウェルは聖チプリアノ学園という、自分の出自には不相応なエリート学校で寄宿生活を送っていたのだが、その日々がぜんぜん心愉しいものではなかったというのは、以下の文章に綺麗に要約されている。

「Whoever writes about his childhood must beware of exaggeration and self-pity. I do not claim that I was a martyr or that St Cyprian’s was a sort of Dotheboys Hall. But I should be falsifying my own memories if I did not record that they are largely memories of disgust.」(p.91)
「自分の子ども時代について書くときには、誇張と自己憐憫に注意しよう。わたしはなにも自分が殉教者だったと言いたいのではなく、また聖チプリアノ学園が『ニコラス・ニクルビー』におけるドゥザボーイズ・ホールのような場所だったと言いたいのでもない。だが、当時のわたしの思い出が吐き気を催す類のものだったと書かなかったとしたら、わたしは自分の記憶を捏造しているということになってしまうだろう」

 オーウェル奨学金を獲得してイートン校に進学し、学園全体の評価を上げるという目的のために、授業料を免除してもらっていた学生だったのだ。金持ちどもの息子たちだらけの学校で、ほとんど唯一貧乏家庭からの生徒であったオーウェルは、奨学金獲得のために徹底的な教育を受けることになった。

「It was the poor but ‘clever’ boys who suffered. Our brains were a gold-mine in which he had sunk money, and the dividends must be squeezed out of us. Long before I had grasped the nature of my financial relationship with Sambo, I had been made to understand that I was not on the same footing as most of the other boys.」(p.78)
「苦しむことになったのは、貧乏ながらも「賢い」子どもたちだった。われわれの頭というのは彼の金がしまいこまれた金脈であり、分け前はきっちり回収されなければならないのだ。こういったサンボとわたしとの本質的な財政関係に気づくよりよっぽど早くから、自分が他の子らとはちがう立場にあることを突きつけられていた」

 そんな日々のなかで彼を喜ばせたものに、読書があった。なかでもディケンズサッカレーが彼に与えた影響はかなり大きいようだ。ディケンズについては、その登場人物などの名がこれまで引用した文章のなかにも何度も登場してきている(しかも、原文ではそれがディケンズの小説の登場人物であることは明示されていない。わざわざ明示するまでもなく、それだけ人口に膾炙していたということなのだろう)。ちなみにサンボとフリップというのは、学校を支配していた夫婦のことである。

「There was the joy of waking early on summer mornings and getting in an hour’s undisturbed reading (Ian Hay, Thackeray, Kipling and H. G. Wells were the favourite authors of my boyhood) in the sunlit, sleeping dormitory.」(p.86)
「夏の朝、陽に照らされつつもまだ眠ったままの寄宿舎で、早起きして、一時間ほどだれにも邪魔されずに読書を楽しむという喜びがあった(少年時代のわたしのお気に入りは、イアン・ヘイ、サッカレー、それからキプリングH・G・ウェルズだった)」

「Thus, although my memories of Flip are mostly hostile, I also remember considerable periods when I basked under her smiles, when she called me ‘old chap’ and used my Christian name, and allowed me to frequent her private library, where I first made acquaintance with Vanity Fair.」(p.96)
「フリップに対する思い出はこんなふうに敵意に満ちたものだったが、彼女の笑みという恩恵に浴した記憶もないわけではない。わたしのことを「あなた」などと、あるいは洗礼名で呼ぶようなとき、はたまた彼女の書斎に足を運ぶのを許されたようなときもあった。『虚栄の市』とは、そこで出会ったのだった」

 サッカレーの影響がとくに強く言い表されているのが、以下の箇所である。

「Very early, at the age of ten or eleven, I reached the conclusion – no one told me this, but on the other hand I did not simply make it up out of my own head: somehow it was in the air I breathed – that you were no good unless you had £100,000. I had perhaps fixed on this particular sum as a result of reading Thackeray. The interest on £100,000 would be £4,000 a year (I was in favour of a safe 4 per cent), and this seemed to me the minimum income that you must possess if you were to belong to the real top crust, the people in the country houses. But it was clear that I could never find my way into that paradise, to which you did not really belong unless you were born into it.」(p.105)
「ずいぶん早い時期、10歳か11歳のときに、わたしは結論――誰かが教えてくれたのでも、かといって自分の力だけで思い至ったというのでもなく、いわば吸いこんだ空気のなかに潜んでいたのだ――に到達した。すなわち、十万ポンドを持っていないかぎり、ひとは見込みなしだということ。この具体的な金額はサッカレーを読んで導き出したものにちがいない。十万ポンドの一年間の利息といえば四千ポンドで(わたしは無難にも利子四パーセントの信奉者だった)、これは田舎に屋敷を有するような本当の上流階級に属するためには、必要最低限の収入と思えた。とはいえ、そんな楽園生活、属すというよりはもう生まれつくしか手はないような生活に入る道など、わたしにはけっして見いだせないことも明白だった」

 この成金趣味で溢れた時代は、『ユークリッジの商売道』などの書名をわざわざ挙げるまでもなく、まさしくウッドハウスがその小説中で面白おかしく書きまくっていたものだ。以下、当時の描写。

「There never was, I suppose, in the history of the world a time when the sheer vulgar fatness of wealth, without any kind of aristocratic elegance to redeem it, was so obtrusive as in those years before 1914. It was the age when crazy millionaires in curly top-hats and lavender waistcoats gave champagne parties in rococo house-boats on the Thames, the age of diabolo and hobble skirts, the age of the ‘knut’ in his grey bowler and cut-away coat, the age of The Merry Widow, Saki’s novels, Peter Pan and Where the Rainbow Ends, the age when people talked about chocs and cigs and ripping and topping and heavenly, when they went for divvy week-ends at Brighton and had scrumptious teas at the Troc.」(pp.106-107)
「この1914年以前の日々ほどに、まったく下品としか言いようのない膨れあがった富が、どんな貴族的上品さも伴わずに目立って費やされた時期は、歴史上かつてなかったのではないだろうか。それは丸っこいシルクハットと薄紫色のチョッキを着こんだいかれた億万長者どもが、テムズ河にロココ調の自家用ボートを浮かべてシャンパン・パーティを開くような時代、空中ゴマや窮屈なホブルスカート、灰色の山高帽とモーニング・コートを身に着けた「白クマ」どもの時代、『メリー・ウィドウ』やサキの小説、『ピーター・パン』や『虹の消える場所』の時代、「チョコ」だの「ヤニ」だの「ハイカラ」だの「ナウい」だの「イケてる」だのと人びとが語り合っていた時代、ブライトンで「どうかしてる」週末を過ごし、トロカデオで「激うま」の紅茶を味わう、そういう時代だった」

 最後のところ、お気づきのとおり原文では「ripping and topping and heavenly」と、「すごい」や「すばらしい」といった意味の当時のスラングが繰り返されている。トロカデオさえも「Troc」と略されているのだが、これは銀座を「ザギン」と呼ぶのと同じような神経だろう。さすがに訳しようがない。ついでに言うと「空中ゴマ」とした「diabolo」も、ひょっとしたら続く「ホブルスカート」同様にスカートの種類なのかもしれない。でも、「diabolo skirt」なんて聞いたことがない。詳しいひとがいたらぜひ教えてほしい。

「Towards people who were old – and remember that ‘old’ to a child means over thirty, or even over twenty-five – I could feel reverence, respect, admiration or compunction, but I seemed cut off from them by a veil of fear and shyness mixed up with physical distaste. People are too ready to forget the child’s physical shrinking from the adult. The enormous size of grown-ups, their ungainly, rigit bodies, their coarse, wrinkled skins, their great relaxed eyelids, their yellow teeth, and the whiffs of musty clothes and beer and sweat and tobacco that disengage from them at every moment! Part of the reason for the ugliness of adults, in a child’s eyes, is that the child is usually looking upwards, and few faces are at their best when seen from below.」(p.122)
「わたしは年をとった人びとに対して――子どもにとって「年をとった」というのが30歳以上、いや、25歳以上のひとを指すことを思い出そう――畏敬や敬服、賛嘆や悔恨の念を抱いてはいたが、恐怖心や臆病さがないまぜになった身体的嫌悪感という仕切りによって、彼らはわたしから遮断されてしまっているように思えたのだった。大人と対峙したときの子どもが体感するみずからの卑小さを、人びとはあまりにも簡単に忘れすぎのように思える。大人たちの圧倒的な大きさ、その見苦しい、カチコチになった身体、荒れ放題で皺だらけの肌、いつも眠たげなまぶた、黄色い歯、鼻につく衣服のかび臭さ、ビールと汗と煙草の匂いなどは、子どもたちをいつだって尻込みさせるものなのだ! 子どもたちの目に映る大人たちの醜さというのは、部分的には、子どもがいつだって彼らを見上げているということにあるだろう。下から見たときに一番見映えがする顔など、そうそうあるものではないのだ」

「A child can hardly envisage life beyond thirty, and in judging people’s ages it will make fantastic mistakes. It will think that a person of twenty-five is forty, that a person of forty is sixty-five, and so on.」(p.122)
「子どもに30歳以降の人生などは想い描けるはずもなく、このことは人の年齢を当てようというとき、とんでもない間違いを起こさせる。25歳のひとは40歳に思え、40歳のひとは65歳に見える、などなど」

 子どもにとっての年齢感覚というのも、じつにおもしろかった。たしかに、自分のことを考えてみればすぐに思い当たるが、20歳を過ぎたら人生はもうおしまいだと考えていた時期がなかっただろうか。まだ終わっていないぞ、と当時の自分に言ってやりたい気分である。

「Our chief clue is the fact that we were once children ourselves, and many people appear to forget the atmosphere of their own childhood almost entirely.」(p.121)
「重要なのは、われわれはだれでも一度は子どもであったにも関わらず、自分たちの子ども時代の雰囲気をほとんど丸々忘れてしまっているように見えることだ」

 これはケストナーを思い出させる一文だ。子ども時代の身体感覚を思い出すのがどんどん難しくなってきているという事実に、わたしたちは普段は気づかない。このことは、ちょっと忘れないようにしたい。

 この本が「Penguin Great Ideas」中、二冊目の選集ということもあってか、こう見るとちょっと内容が雑多すぎるように思えなくもない。でも、この雑多さこそが、オーウェル評論の楽しさなのだろう。引用したいと思った文章をぜんぶ訳していたら、ずいぶん時間をとられてしまったが、シリーズ中のほかの巻もじつはすでに読みはじめているので、機を見て紹介したいと思っている。

Great Ideas Books V Cigarettes (Penguin Great Ideas)

Great Ideas Books V Cigarettes (Penguin Great Ideas)