Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

寺山修司青春歌集

 読み終えてからかなり長い時間が経ってしまっていたが、ようやく感想を書く気になった。感想を書けずにいたのは、この歌人の特異性を肌で感じつつも、どこにその特異性が潜んでいるのかを明確な言葉にできずにいたからである。寺山修司の短歌作品ほとんどすべてを収めたという、見た目よりもはるかに収録歌数の多い網羅的な歌集。

寺山修司青春歌集 (角川文庫)

寺山修司青春歌集 (角川文庫)

 

寺山修司寺山修司青春歌集』角川文庫、1972年。

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ゲーテさん こんばんは

 唐突に、ゲーテの評伝。じつは前々から読みたいと思っていた本で、ゲーテが生きた時代のドイツに興味があるのだ。これはじつは、文学というよりも音楽に由来する関心で、当時のドイツにはモーツァルトベートーヴェンシューベルトがいたし、わたしが熱狂的に愛するメンデルスゾーンも、今後の時代を担う十代の若者として、すでに老人だったゲーテに会っている。つまりこの時代というのは、音楽史でいうところの古典派とロマン派の重複地点なのだ。ゲーテの伝記を読むことは、当時のドイツ風景に触れるにはうってつけだと思えた。敬愛する翻訳家、池内紀が書いた伝記であれば、なおさらである。

ゲーテさんこんばんは (集英社文庫)

ゲーテさんこんばんは (集英社文庫)

 

池内紀ゲーテさん こんばんは』集英社文庫、2005年。

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恋する伊勢物語

 普段の自分だったら、こういうことはしなかったはずだ、と思う。われながら、ちょっとどうかしていた。なんの話かというと、『伊勢物語』そのものを手に取るより先に、『伊勢物語』の解説書的なものを読んでしまったのだ。ちょっとページをめくるつもりが、あっという間に読み終えてしまい、やべえ、と思った。この読書体験のあとでは、すぐに『伊勢物語』を読もうという気にはなれなくなってしまう。俵万智の言葉の軽快さは、ページを繰る手を止めてくれなかったのだった。

恋する伊勢物語 (ちくま文庫)

恋する伊勢物語 (ちくま文庫)

 

俵万智『恋する伊勢物語ちくま文庫、1995年。

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郷心譜

 このところ、読みたい本が多すぎて困っている。いや、考え方によってはこれほど嬉しい悩みもないし、そもそも読みたい本が一冊もない瞬間なんて、わたしの人生にはついぞ訪れた試しもないような気もしているのだが、短歌の魅力と出会ってしまったがために、この短詩と関係の深いあちこちの領域の扉がいちどきに開かれ、しかもそのどれもがわたしには親しみのないものであり、それぞれが同時に「おいでおいで」と手を招いているような気がしているのだ。和歌も近代短歌も現代短歌も「いまの短歌」も、それぞれに読みたい本が多すぎる。そのくせ、これらは詩であるゆえ、どんな本も一読しただけで感想を書きたくなるような本ではないのだ。個人歌集についてはとくにそうで、じつはすでに一読はしているのだけれどまだ記事にはしていない、という本がたくさんある。記事を書くということは自分の印象を固定化することなので、詩についてはとくに臆病になってしまうのだ。これは最近評論めいた本ばかりを記事にしている理由の一端でもある。でも、このまま溢れさせておくと、しまいには「もう書かなくてもいいや」という気になり、やがて失書症に陥るだろう。書かねば、と思った。まずは、岩田正だ。

郷心譜 岩田正歌集 (かりん百番57)

郷心譜 岩田正歌集 (かりん百番57)

 

岩田正『郷心譜』雁書館、1992年。

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辻征夫詩集

 最近、もともと日本語で書かれている本を読むことが猛烈に楽しい。翻訳された文学ではなかなか登場してこないような語彙に溢れていて、日本語ってこんなにおもしろい言語だったのか、と思わずにはいられなくなる。言葉の微細なニュアンスが、文章全体に与える影響の大きさには驚くばかりで、たとえば助詞が一文字ちがっているだけで、日本語というのはそりゃあもう自在に姿を変えるのだ。これは詩歌において特に顕著で、これほど隅々までに意味が行き渡った言葉の流れに向き合うと、自然と静かになってしまう。英語やフランス語で本を読むとき、もしくはそれらの言語が日本語に訳されたものを読むときには、驚きをもたらしてくれるのは言葉と言葉のつながりであることがほとんどだが、もともと日本語で書かれた文章というのは、つながる前の言葉それ自体が楽しいのだ。もちろん、それぞれの言語の習熟度の問題も大いにあるだろうけれど、単語そのものがこれほどひとを驚かせる言語って、ほかにあるだろうか。このごろは和歌や短歌、あるいはこれらについて語った本ばかりを読んでいるけれど、歌人たちの語彙の豊かさ、自分の無知には驚くばかりなのだ。

 そんなことばかり考えていたら、無性に現代詩が読みたくなってきた。谷川俊太郎吉野弘みたいな、優しさに溢れた詩と触れ合いたいな、と考えたとき、どういうわけか頭に浮かんだのは「春の問題」だった。かなり前に茨木のり子『詩のこころを読む』で出会った一篇で、書いたのは谷川俊太郎でも吉野弘でもなく、辻征夫。今年の頭に岩波文庫の『辻征夫詩集』が出たばかりだ。これぞ天啓とばかりに、貪るように読んだ。

辻征夫詩集 (岩波文庫)

辻征夫詩集 (岩波文庫)

 

辻征夫(谷川俊太郎編)『辻征夫詩集』岩波文庫、2015年。

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和歌とは何か

 このところ、自分の無知を痛感して、和歌や短歌に関する本ばかり読み漁っているのだが、こと和歌に関して、ようやくこれぞと思える概説書に出会えたように思っている。先日の岩波ジュニア新書『古典和歌入門』の著者、渡部泰明による、和歌の読み方に革命をもたらしてくれる一冊。

和歌とは何か (岩波新書)

和歌とは何か (岩波新書)

 

渡部泰明『和歌とは何か』岩波新書、2009年。

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古典和歌入門

 和歌についてもっと知りたいと思い、手にとった本。先日の『ちびまる子ちゃんの短歌教室』もそうだが、一般的に子ども向けに書かれた概説書には良書が多い。とびきりわかりやすく書かれていて、さらなる興味を掻き立ててくれ、おまけに次にどんな本を読むべきか、道案内役まで果たしてくれる。つまり、子どもだけに読ませておくにはもったいない、そういうすてきな本がとても多いのだ。加えて言うと、岩波ジュニア新書にはとくに多い。かなり前に茨木のり子『詩のこころを読む』を読んで以来、わたしは岩波ジュニア新書に絶対の信頼を寄せているのだ。

古典和歌入門 (岩波ジュニア新書)

古典和歌入門 (岩波ジュニア新書)

 

渡部泰明『古典和歌入門』岩波ジュニア新書、2014年。

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Salad Anniversary

 先日、アルジェリア人の友人と「ほんとうに翻訳不可能な文学とはなにか」という話題で盛り上がったのだが、彼がジョルジュ・ペレック『煙滅』、およびその対を成す『Les Revenentes』の名をあげるのを聞いていたら、ほんとうのところは「翻訳可能な文学」のほうが数少ないのでは、と思い至った。逐語的な厳密な意味での翻訳(というか置き換え)というのは、もちろんほとんどどんな言語間であっても文法構造上不可能なわけだが(日本語でも岩波文庫プラトン『饗宴』のような例はあるにせよ)、そこまでいかなくても、詩の翻訳というのはいつの時代にも最も難しいものだ。なかでも定型詩ほど難しいものはない。昨日書いたばかりの『マチネ・ポエティク詩集』を見ても顕著なとおり、そもそもの定型そのものの翻訳が大きな課題となるからだ。すると、短歌がどのように外国語に訳されているのかが気になった。気になったときにすぐに購入できる位置にあったのが、この本というのは、納得はできるけれどなんだかおかしい。

Salad Anniversary (Pushkin Collection)

Salad Anniversary (Pushkin Collection)

 

Machi Tawara, Juliet Winters Carpenter (Trans.), Salad Anniversary, Pushkin Press, 2014.

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マチネ・ポエティク詩集

 唐突に、短歌とは直接関係のない本。和歌・短歌の魅力を知ってからというもの、定型詩、というか「定型」そのものにただならぬ関心を抱いていて、自宅の本棚に眠らせていたこの本のことを思い出したのだ。今朝、洗濯機が仕事を終えるのを待っている最中に読みはじめ、昼過ぎには読み終えてしまった(洗濯物はそのあとに干した)。せめてもうちょっと推敲してから書けよ、とは自分でも思うが、読みながらわたしが思いついたようなことは、すでにこの本のなかで遥かな発展とともに語られていたのだ。福永武彦加藤周一中村真一郎による、新たなる定型詩の試み。

マチネ・ポエティク詩集

マチネ・ポエティク詩集

 

福永武彦加藤周一・原條あき子・中西哲吉・窪田啓作・白井健三郎・枝野和夫・中村真一郎マチネ・ポエティク詩集』水声社、2014年。

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ちびまる子ちゃんの短歌教室

 こいつ、ついに気でも狂ったか、と思われる向きもあるかもしれないが、大丈夫、たぶんまだ正常です。先日から何度も、「知らないということには慎み深くありたい」という永田和宏の言葉を繰り返しているわけだが、わたしの無知が、まるちゃんさえ動員した、というだけのことである。気でも狂ったか、と思った方全員に言いたい。馬鹿言え、これ、めっちゃいい本だぞ、と。集英社から刊行されている学習参考書、「満点ゲットシリーズ」の一冊。

小島ゆかりちびまる子ちゃんの短歌教室』集英社、2007年。

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